近況日記

ここ半年ほど、人生のドタバタが続き、たくさんのことを考えた。忘れないうちに日記にしようと思う。日記なので支離滅裂だし好きに書いているため、異議もご指摘も受け付けない。

今年の4月に転職をした。
以前までの仕事は事務職で、5年間勤めた。
いわゆる公務員だったのだが、もう本当にキツかった。
毎日仕事に行く前にお腹が痛くなっていた。繁忙期は頭がぼーっとしていた。
意地でも定時で帰っていたが、周りの人たちは余裕で残業していたし、それが当たり前の仕事量だったと思う。実際私も間に合ってなかったが、根性でなんとかしていた。
仕事量だけじゃなく、求められる正確さや気遣いも半端ではなかった。
県や国への報告もの、予算や補助金、集計、発送、電話対応、接客対応、クレーム処理、システム入力、なんか思い返しても何もかも楽しくなかった。
けど勤めてよかったなとは本当に思う。もし前職を経験しなかったら、社会のこととか何もわからないままだっただろうなと思うし。クソガキの私と仕事をしてくれた前職の上司たちには頭が上がらない。
退職後は、テーマパーク的なところで働いている。
これがマジでくっssっっっっっっっッッsッッsッッッッッッッソ楽しい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!マジで最高!!!!!!!!!!毎日仕事に行くのが楽しい!!!!!そんなことあり得ますか?!?!?!!?なんか本当に楽しい!!!!全部楽しい!!!楽しいことばかり!!!同僚も上司も最高!!!!!!!!いつでも会いたい!!!同僚に!!
本当に転職してよかった!!!日々が彩られてるもん…
元々、高校を卒業したら美大に行くか、クリエイティブな仕事がしたいと思っていた。ていうかできると思っていた。というのも、ものすごく小さい頃に母に「自分はお金の問題で美大に行くことができなかったから、お前たちには行きたい学校に行かせてあげたい」と言われたことをずっと覚えていたからだ。
今思い出してみれば、その後に「でもうちの財力だと国公立でギリだから、勉強はがんばってね」と続いていたような気がしており、つまり母の話は“どんな大学でも行かせてあげるよ”という内容ではなく、むしろ勉強を頑張れという結論だったのだが、当時人の話どころかこの世のことわりすら1割も理解できていなかった私は、よっしゃ〜いと思ってしまったのだ。
いよいよ進路を決めなければいけなかったあの日、美大に行くためには勉強をたくさんしなきゃいけないと知り、それどころか地元に画塾はないため進学は絶望的だとやっと理解したのである。底なし馬鹿である。
ではどうすればいいんだ?自問自答の結果、趣味で絵を描ければ十分であろうと納得し、試験内容がパズルみたいで面白そうな公務員試験を受験することに決めたのであった。マントル馬鹿である。(※地球の中心くらいまで深い馬鹿)
そんなふうに、自分で自分の将来を真剣に考えずに、なんとなくで決めた進路先で苦しむのは完全に自業自得と言える。バカなりにどんなことをしたって美大に行こうとすればよかったのだ。きっと何よりもその挑戦こそが私の人生に必要だったのだろう。今もずっと後悔している。(しかし、そんなバカすぎる状態で奇跡的に美大へ入れたとしても、作れる作品なんてたかが知れていたんだろうなとも思う…)
だが、公務員として働くことをこれ以上続けるのは絶対に無理だと確信してからも、親などを説得するのは非常に大変だった。なまじ公務員という安定した職場で働かせてもらっていたのだから、親としては私のある程度の幸せにベットしたくなるに決まっている。退職を持ち掛けた時の祖父母からの反応も著しくなかった。姉だけは常に味方でいてくれたが、姉がいなかったら私は未だにお腹を痛くして働いていただろう。一年がかりで説得し、やっと親たちから「好きにしろ」的な空気を引き出すことに成功したのだった。退職届を提出してからはずっとふわふわしていた。夢みたいだったから。
そして奇跡的に、前から好きで遊びにきていた現在の職場に就職することができたのである。さらに、その職場の人たちがマジで全員いい人すぎていたのである。さらにさらに、仕事内容が全部めちゃくちゃ好きなことばっかりだったのである。(体力仕事で大変ではあるが)
前の職場の人たちも本当にいい人たちばかりであった。そりゃあ意地悪な人もいたが、身近にいる人たちはアホな私にとてもよくしてくれた。
が、現在の職場の人たちは友達っぽいというか、気楽で、自分のことを包み隠さなくてよくて最高である。時々、私にイラストをお願いしてくれたり、それで描いたものをめちゃくちゃ褒めてくれたりするのも嬉しいし、漫画の話とかTwitterの話を思う存分できて、踊ったりスキップしてもよくて自由だし、最高すぎる!!!
今まで我慢して働き続けていた5年間の苦しさを思い返しては、その時の自分に対して、お前も早く“こっち側”に来いよ、とエールを送る。


人生で初めて彼氏ができた。
今まで、彼氏とか彼女とか、自分とは一生混じり合わない概念なんだろうなと傍観していた。
友人に彼氏ができたり、同級生に彼女がいたり、漫画の人やドラマの人にある“関係性”の一つだなあという感想しかなかった。自分には必要なかった。子供を産むつもりもなかったし、もちろん結婚なんてしたくなかった。
結婚したくない理由としては、「自分と価値観の合う」、「友人でない人」という存在を想像できなかったからである。
私の母と父は仲がいい方だが、どちらも変わり者な上に父は気分屋で理不尽な人なので、よく揉めていた。あと何故か知り合いの夫婦もみんな揉めてる印象が強かった。私の地元が魔境だったのかもしれないが、私にとっての結婚とはなんかそんな感じで、夢がなかった。
子供を産むことについても、なんの意味があるのか、本質についてはよくわかっていなかったと思う。出産に対する怖さもあった。幼い頃から育児エッセイ漫画を読み漁る子供だった5歳ごろの私の怖いものは「破水」だったのを覚えている。母から出産のことを聞いたり、テレビで見た出産のドキュメンタリーで得た知識などを総合した結果、自分は産みたくねえなという感じだった。めちゃくちゃ痛そうだもの
しかし、現在になって恋人を作ることを選択した。
実際に恋人を作るために動き始めたのにはまた少し別のきっかけがあるのだが、すごく大まかに言うと「子供が欲しくなったため」である。あんなに出産が嫌だったのに!
これには先ほど書いた、美大への想いが少し関わってくる。
私は、ある時から、自分の人生に作品があって欲しいと願っていた。
私が死ぬ時に、人生を振り返ったら、私の作ったものがあって欲しかった。それを誇りにすれば未練もないだろうと思っていた。
あともう一つ、私という存在を未来の世界に残したいのだ。だから、有名な画家になって大きな絵を描いて、ずっと後世に私の想いや存在を残しておきたかった。絵じゃなくてもいいから、こういう人がいたよということを、ずっと先の人に知ってもらいたいのだ。私の想いが誰かを動かしたり、世界を平和に導けばいいのに。
つまりは、自分が死んだ後の世界に私という存在が残らないのが怖いという、普遍的な欲望が私のほとんどを構成していたのだ。
そんな感じのことを思っていたから、画家として大成するには美大を出ないとなということで、美大進学を夢見ていたのだった。
けれど美大進学は底なし馬鹿の私には叶わず、働きながらも何か残したくて、TRPGのシナリオを作ったりボードゲームを作ったり、漫画描いたり記事書いたりなんやかんやしていたのだ。
この数年間、楽しい気持ちで作品を作ってきたのは本当だ。だが、常に心が落ち着かなくて、体はだるいのに心だけが焦って飛び跳ねているような感じだった。それでもどうしても何かが残って欲しくて必死であった。
が、この欲求って、子供を産んでDNAを遺したり、私という個人の人生観についてを子供と共有することで、まだ見ぬ私の子を通じてこの世のどこかしらに自分の片鱗を残すことができるんじゃないか?と思った。
もちろん、それだけを目的に子供を産むなんてことは断じてない。けれど、私は勝手に私の人生から結婚や出産を除外していたため、これに気づいた時目から鱗であった。
そしてなんやかんやありビックリするほど良い人と出会えて、晴れて恋人となることができた。
現在、恋人ができてから半年以上経過しているが、日記に書きたくなるほど精神の安定がすごいのである。もう一生懸命作品を作ろうとしなくていいんだ!みたいな解放感や、家族以外で自分を愛してくれる人がいたのだという嬉しさで、今まで二十余年落ち着きがなかった心がやっとソファに着席してくれた心地だ。
恋人かどうかは関係ないかもしれないが、やはり異性というだけで全然違う価値観で育つようで、彼氏のことを考えたり一緒に行動することでとても視野が広がる。全然共感できなかった恋愛ソングとかでも涙が出るようになってしまった。いや、なった。なれた。私に共感性がなかったのは、そもそも人生の意味を見誤っていたのかなと今は思う。いや、誤ってはいなかっただろうけど、大多数の人とは違っていたのかもしれない。とにかくいい転機だった。
今後もしこんなマントル馬鹿のもとに生まれてきてくれる子がいるならば、この世の何よりも大切にしたい。私があなたのことを大切に思っているんだよということを実感してもらえるような名前をつけたい。そして時々私自身の思い出を面白おかしく話したり、大好きな場所を一緒に訪れたりできたらいいな。

なんか最近何もかも値段が高い!食材が高い!!どうすればいいんだ
時々たまに美味しいもの食べたりしたいだけなのにそれすらカツカツなのってちょっと凄すぎる気もしますけど皆さんはどうですか?
何よりもこの物価高で、生きるのが楽しくなくなってしまう人が急増しないかが私にとって心配だ。人生の意味って何よりも娯楽にあると思うから、そういった娯楽に手が伸びなくなってしまう国になって欲しくないな。私は日本という場所や概念に思い入れがあるから、この国が真の意味で豊かになって欲しい。住みよい国に…生きることって楽しいと思えるような国になれればいいのにな。

人間は、心が疲れていると身体が心を庇うような動きをすることがある。
ストレスで蕁麻疹ができたり、精神的に辛くなった時に体が勝手に動いたり、逆に一切動かなかったり。
(身体と心が別々のものであることを前提にしているが、)まるで心が身体という逃げ場所に隠れたみたいだ
身体はどうして心の逃げ場所になってあげているんだろう
心があった方が楽しいからだろうか!!!

虹色に染まった雲とかをショート動画で見かけると、空というのは人間向けに作られてるように感じてしまうが、人間がいなくても別に空は存在し続けるな〜。けど人間が空を綺麗と思う今の状況の方が空も嬉しいんじゃないだろうか。こんなに綺麗なのに誰も綺麗さに目を向けてくれなかったら悲しいと思う。もしくはSF的な話で、すごい未来に人類が地上からいなくなったとして、人類がいたときは夢が詰まった天井だったのに、いなくなったらただ「空」という現象があるだけになってしまうんだなぁ。めっちゃ悲しいかも

職場に遠足に来る子供を見ていると、色々と思い出すことがあり楽しい。観察しているとどんな学校の子供達にも、必ずと言っていいほど、手を繋いで気怠げに歩く女の子2人組が存在するのが面白い。自分も小学校の頃はそのタイプだった。懐かしい。
あと、子供なのに自分よりしっかりしている子とかを見ると抱きしめたくなる。素直で朗らかな子を見ると心の中が「可愛いーーー!!!」で溢れる。こういう子たちがみんな成長するにつれて、だんだんとその純粋さを失ってしまうのかと思うと切なくなるほど悲しい。どうか子供達全員が、できるだけ傷つかずに、生きることって楽しいんだよってことを実感してくれるように願う。

以上です。お読みいただいてありがとうございました!

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