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ショートショートお題「告白」

光文社のサイトで定期的にショートショートが募集されていることを知り、早速応募してみた。その時々でテーマがあり、私が見つけた時に募集していたのは「告白」だった。
さて、結果から申し上げると、落選である。でも大丈夫。いっぱい落ちたわけではない。まだ、一敗だ。
せっかくなのでここで公開し、気持ちよく悔しがろうと思う。

先生へ

 年が改まり、寒さも本格的になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。突然の手紙を差し上げるご無礼をお許しください。本当はお会いして直接お伝えしたいのですが、お会いすることができなかった時は、この手紙を先生の机の上に置いておきます。そのため、先生がこの手紙をお読みになっているとしたら、先生にお会いする勇気が出なかったのだと思ってください。
 乱文になるかもしれませんが、頑張って書きますので、どうか、最後までお読みいただけましたら幸いです。

 先生とお別れしてから、もうすぐ二年になりますね。先生が私たちの教室に入ってきて、現代文と古文を教えてくれると知った時、実は少し、びっくりしました。中学の時の古文は、おじいちゃん先生だったので、古文はおじいちゃん、というイメージができてしまっていたんです。だから高校で、こんなに若い先生が教えてくれると知って、少しだけ、古文に興味がわきました。

 授業中は、教室の右端、一番前の席から、先生を見ていました。最初は先生の、チョークの文字を見ていました。力強く書かれた白い文字は、教科書の文字みたいに整っていて、でも黒板の下の方までいくと、少しずつ小さくなっていくんです。気づいていましたか? そのうちに、先生が先生になりたての新人なのだと知って、すごく親しみを覚えました。先生は先生だけど、応援したい気持ちになってしまったんです。

「佐藤さんはどう思いますか?」
 先生は、よくそう訊いてくれましたよね。現代文なら、主人公の気持ちや、書き手の気持ちを考えろと言われるのが普通です。でも先生はいつも、私たちにどう思うかと尋ねてくれましたね。答えはひとつではない、正解は私たちの中にある、とも言ってくれました。入試では不正解だと思いますけど、私は、そんな先生の教え方が好きでした。それに、男子にも女子にも平等に、名字を「さん」付けで呼んでくれたのは、先生だけでした。私たちを大人のように扱ってくれる先生を、尊敬していました。こんなこと、先生の前では恥ずかしくて言えませんでしたけど。

 先生の親しみやすさや、明るい笑顔、見た目の雰囲気とは違う、落ち着いた、朗読の時の低い声、教壇に立つ時のすっとした背中。いつの間にか私は、そのすべてが気になって、気づいたら、先生を目で追っていました。今だから告白しますが、一度だけ、教室がざわついていた時に、教壇で背を向ける先生を、スマホで隠し撮りしたこともあります。シャッター音、バレていませんよね? 実はその時の写真は、保存して、今でも時々見ています。

 思いきって質問します。
 先生、今、付き合っている人はいますか?
 先生の細く長い指には、まだ、指輪はありませんよね?
 もしあったとしても、私の想いだけ、聞いてください。私はやっと大人になったんです。先生から卒業してもうすぐ二年。やっと明日、成人式です。選挙権があっても、結婚できる年齢であっても、なんとなく、二十歳が、本当に大人という意識になれる年齢だと感じます。できることなら、精一杯いい服を着て、先生と並んで歩いて、バーとか行ってみたいです。もうアルコールが飲めるんですから。

 すみません。手紙の書き方をネットで見ながら書き始めたんですけど、手紙っぽくなくなってきてますよね。でも気合いを入れて、背伸びして万年筆で書いてしまっているので、もう修正ができません。ずっと書いているので、文字も乱れてきました。読みにくいですよね。いつもみたいに笑ってください。私は、先生の笑顔が好きなんです。

 卒業式の日、忘れ物を取りに戻った教室で、先生と偶然二人きりになれたあの瞬間のことは、今でも忘れません。先生は言ってくれましたよね。
「佐藤さん、卒業おめでとうございます。明日からはもう、私たちは、先生と生徒ではありません。あなたは一人の人間として、新しい社会で生きていってください」
 そう言ってくれましたよね。私はすごく嬉しかったです。これからは先生と生徒という縛られた関係性ではなく、一人の人間として見てくれるのだということを知って嬉しかった。その場で気持ちを告白して、抱きしめたかった。でも、我慢しました。生徒ではなくなっても、あの時は未成年でしたから。先生に、いや、あなたに相応しい男になるために、「俺」という呼び方はあの日以来やめて、「私」を使うようにしましたし、大学に入ってからは一人暮らしもしています。バイトもしています。少しでも早く自立したいから。あなたに認めてほしいから。

 長い手紙になってしまってすみません。成人式が終わったら、あなたに会いに高校へ行こうと思っていました。もし会えない時はこの手紙を置くだけにしようと思っていました。でも今これを書いているうちに、やっぱり、どうしても会いたくなってきました。会いたいです。だからこれから会いに行きます。あなたがこの手紙を読むのは、職員室でしょうか。それとも、ご自宅でしょうか。ご自宅は確か、駅の東口から徒歩十分位のところにあるマンションの五〇四号室ですよね。何度か下見をしたので場所はわかります。もちろん行ったのは、あなたが不在の時だけです。うっかり出会ってしまったら恥ずかしくて、緊張してしまうので、いない時にしか行っていません。あと、あなたにずっと言いたかったのですが、夜、帰りが遅い時は、できるだけ人の多い、大通りを歩いてください。あなたは人が後ろからつけていても、まったく気づかないので、とても危ないです。スカートも少し短い気がします。世の中には、どんな人がいるか分からないんですから、気をつけてください。でも、そんなあなただから守りたい。ずっとあなただけを見てきました。あなたにも私だけを見てほしい。私はもう大人なんです。やっとあなたと対等になれた。だから、これから会いに行きます。そして思いきって言います。
 ずっと好きでした。付き合ってください。    
   
正解はいつも私の中にあるって言ってくれましたよね、先生。正解を見つけた私を、褒めてくれますか?        

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