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第8話 白昼夢だったのか

前回のお話はこちらから↓

 無事にまた揃うことができてホッとしていたが、灰原の交信はまだまだ終わらないようで、歩みを止めない彼女の後ろを残りのメンバーがついていく形をとっていた。


「まだ終わんないのかよ」
「そろそろ休憩はしたいところですね」
「わ、わたしもう足が限界でっ……きゃあ!」


 話の途中で三崎さんが盛大にすっ転んだ。俺たちは慌てて彼女の元に駆け寄って手を差し伸べた。三崎さんは「えへへ、転んじゃいました」と言いながら俺と能登くんの手をとってゆっくり立ち上がり、膝から下についてしまった砂をはらっている。


「ケガはありませんか?」
「大丈夫です。軽く転んだだけなので」


 そう言った三崎さんの足元を見ると、砂地から何かが少し顔を出していた。どうやらこれに躓いてこけてしまったようだ。
 俺はしゃがみ込んで砂をかき分けてその物の正体を暴こうと頑張っている間、他の二人は何やら騒がしく会話を繰り広げていた。


「三崎さんは軽く転んだだけですね。こんなふうにならなくてよかったです」
「え? どんな風にですって……わぁ! すごいケガ!」
「膝を擦りむきました」
「ど、どうしましょう。何か当てるもの、いや、その前に流すためのお水が必要ですよね」
「たいへんもぅ。人間はけがしたときつばつければなおるって聞いたことあるもぅ。つけるもぅ?」
「それは遠慮しておきます。それに僕は超能力者なので」
「そ、そうですよね。超能力者でそれくらい簡単に治せちゃいますよね」


 一匹まで会話に参加し始めてなんだか楽しそうだ。それをなんとなく聞きながら掘り起こし作業を続けていると、砂で隠れていた全貌が明らかとなり埋まっていた何かが現れた。
 それはパスケースだった。元々使い古されていたものなのか、はたまた砂に埋まってたせいなのか、それはくたりとよれているように見えた。俺のこめかみあたりがつきりと痛み、少し眉間に皺を寄せた。
 俺は何故かパスケースを手に取り、ファスナーをゆっくり開けていた。なんとなく、頭のどこかに引っかかるものがあった。それが知りたくて開けたのだろうか。
 開けた中は砂だらけ。逆さにして振ってみても砂がサラサラと落ちていくだけであとはなにもなさそうだった。しかし、最後の一振りでひらりと紙のようなものが舞い落ちた。
 俺はそれを拾い上げて叩いてみた。あまり意味はなかったが、少しの汚れでよく読めないけれどどうやらどこかの電車の切符だとわかった。
 見覚えのない切符なのに、どうしてか知っているような感覚がした。俺の脳内がぐるぐると回転する中でさっきより一際大きく痛みが襲いかかった。


「大丈夫ですか?」


 ガンガン痛みが響く中、遠くで能登くんの心配そうな声が聞こえた気がした。よく聞き取れなかったけど三崎さんの声もする。
 くらりと目の前が白く靄がかかっている。鳴り止まない頭痛に耐えられなくなった俺は目を瞑ってみるが、白い視界は目を閉じたのか開けてるのかわからない。とうとう、俺の視界は完全に真っ白になっていた。


 ガクンと動いた体を戻そうとして俺は目を覚ました。あたりを見渡し先ほどまでのことを思い出す。そうだ、電車に乗っていたら眠くなってしまって、ウトウトと心地よい眠りに身を預けたのだった。
 今はどこかの駅で停まっているようで、中々発車する気配はなさそうだ。周りにはほとんど人が乗っておらず、皆乗り換えでさっさと降りていったのだろう。ここにいる数人もきっと俺と同じように発射時間をゆったり待ちながら眠っているのだろう。
 耳につけたイヤホンからは今流行りの音楽が流れている。これはアニメの主題歌らしく、友人に無理矢理入れられたのでよくわかっていないけれど、なんとなくいい曲なのでそのままにしていた。
 アニメの内容もちらっと聞いた気がするがあまり覚えていない。確か、宇宙人と未来人、超能力者が集まってなんやかんやする日常コメディサスペンス、らしい。コメディなのかサスペンスなのかよくわからないって感想を言った気がする。
 窓の外から見える景色は見慣れたいつもの変わらないものだ。ただ、ビルのてっぺんにある大きな広告看板は初めて見るやつな気がする。
『自慢の牛さんハッピー牧場』
『M めちゃくちゃ I いいえいよう B ばかほどとれる』
 牧場の宣伝だろうか。大きな牛が嬉しそうに大きく写っている。アルファベットであいうえお作文みたいなものまで書かれている。
 隣にはもう一つ、これもまた初めて見るかもしれない。
『最寄駅から徒歩5分! お手軽常夏アイランド!』
『気軽に遊べる島はここ!』
 リゾートスパが新しくできたらしい。近くにこういう施設があるのはありがたいだろう。
 ウトウトとまた眠気がゆっくりと近づいてきていた。流石に寝過ぎてしまうと怖いななんて考えつつも、どうしてたって眠気というものには勝てるはずもなく、俺はゆっくりと目を閉じていた。霞む意識の中で「こちらぁ〜、ことぅ〜、ことぅ〜行きの電車でぇございます」と聞こえ、癖がすごいアナウンスだなと考えつつ、抗えない睡眠欲に意識を手放した。


「しっかりしてください! 大丈夫ですか!?」


 耳に届いた大声と、肩から伝わる手のひらの熱に俺は目を開けた。目の前には焦りを浮かべた能登くんと眉をこれでもかと下げた三崎さん、無表情の灰原、もぉもぉ鳴いてる牛と、勢揃いして俺の様子を見ている。


「か、顔真っ青です……お水、お水ですかね?」
「脱水症状でしょうか。まあ、みんな飲まず食わずですしね」
「何か飲めるものと食べれるものを」
「まつもぅ。なんでみんなこっちみてるもぅ」
「それは、ねぇ。そういうことじゃないですか」
「全ての欲望解決できるわね」
「なかまもぅ! なかまを食うなんて人間はやばいやつもぅね!」


 牛はご立腹のようで足をドスドスと鳴らし、その衝撃で砂がこちらに降りかかってきた。それを軽く払いながら灰原の方に顔を向けた。


「灰原は交信、終わったんだな」
「えぇ。近くに誰もいないから何事かと思ったわ」


 灰原は相変わらず無表情のままだった。その隣の三崎さんは少しホッとしたようにこちらを見ている。能登くんも安心した顔で覗き込んでいた。
 先ほどのは空腹と水分不足による白昼夢だったのか、それとも、俺の忘れてしまった記憶の一部なのだろうか。


「なぁ、この島って本当に存在してるのか?」


 なんとなく考えたことがするりと口からこぼれ落ちてしまった。しんとした空間に初めてこれが口にしてはいけないパンドラの台詞ということに気がついたのだった。

続く。

担当:白樺桜樹

次回は10月20日(木)頃に更新予定です。
お楽しみに!

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