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第6話 もういい?

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 寝違えたときの痛みに近かった。いや、規模はあんなかわいいものではなかったが、なんというか、正しい姿勢というか、あるべき位置に体がおさまっていないような、そんな感覚。全身がそんな痛みに包まれた状態で、俺はどうにか上半身を起こした。
 突っ張った腕の感覚に反して、思っていたほど頭が持ち上がらない。手のひらをついた先が崩れたせいで、再びうつぶせの状態で倒れこむ。どうやら、まだ砂浜の上にいるらしい。
 少しずつピントが合うように、目の前の視界が開けていく。

「……灰原!」

 ぐったりと横たわる人物が誰なのかを悟ったとき、驚くほどあっさりと体が動いた。四肢をかき集めるように力をこめて、足を踏み出して、その白い腕に手を伸ばす。

「大丈夫、か……」

 息をのむ。閉じていると思われたはずの彼女の瞳はしっかりと開いて、ぼんやりとこちらを見つめていた。うつろな目、まぶたはそのままピクリとも動かない。……まさか。まさかそんなことが。
 思い返してみれば、当然かもしれなかった。突然やってきた宇宙人に連れ去られた俺たち。突然落下した飛行物体。突然のことに、成す術もないまま……。

「そんな……! ッ灰原、助けられなか」
「もういい?」
「何をもってして『もういい』と判断したのかわからんが、しゃべっちゃった以上は台無しなのでもういいです」
「目がうつろなのは生まれつきよ」
「モノローグに言及するのはやめろ」

 まったく何の反動もなしに立ち上がった彼女を見ていると、いよいよ化け物じみているなあという気がして、背筋が冷えてくる。念のため「痛みは?」と訊くが、「痛み #とは」みたいな顔をしたのでもう訊かないことにする。

「時間がないので手短に話すわね」
「いや、お前が手短に話したら絶対わけわかんなくなるだろ。ちゃんと説明してくれ」
「事のはじまりは紀元前、」
「手短に頼む」
「空に牛乳をばらまくわ」
「中間のやつもらえる?」

 すたすたと歩き始めた彼女が振り返りながら「中間 #とは」みたいな表情をしたのを無視して、辛抱強く続きを待つ。すると、「……まずは、このあたりに落ちたはずの二人を探して」と苦しそうな顔でぽつりと呟いた。普通のことをしゃべったら死ぬ病気とかなのかもしれない。そうだったらごめん。病院行ってそのまま帰ってこないでほしい。

「私たちは、あの牛を待っていたのよ」
「どういうことだ? 私たちって、さっき攻撃してきたお前の仲間?」
「いいえ。……あなたたちを含めた、私たち四人のことよ」
「そんな予定はないんだが」

 いついかなるタイミングでも、牛の宇宙人と交流する予定はミクロチャンスもない。

「ボートに乗って、星の河を流れて……そうして我々は誕生する……そう、私、ちょうど誕生の儀を行っているところだったの」

 しみじみとかみしめるように、詩でも唱えるように続ける灰原をぼんやり見つめたまま、俺は黙ることしかできない。そういえばそんなことを言っていたような、と頭の片隅で思い出した。具体的には第二話あたりだ。

「星の河……いえ、銀河系オリオン腕太陽系第三惑星人は、別の呼び方をするわね」
「星の河? って言ったら、」

 口を開きかけたところで、灰原はさっと頭を持ち上げて空を凝視した。そして、そのまま黙って歩き続けている。

「灰原? どうした?」

 声をかけても、顔の前で手を振ってみても無反応だ。思わず眉間にシワを寄せて、首をひねる。
 しかし、思い当たることがあって、ばっと左腕を持ち上げた。わからない人は、第二話を読み直してみてほしい。
 腕時計は、十一時半……いや、四十分を指している。

「十分の……スヌーズ機能……!」

 無言で虚空を見つめながら進む彼女の後ろを、俺はただ絶句しながら歩くことしかできなかった。

続く

担当:前条透

次回はこちら!



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