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第7話 俺の役割はなんだ

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 さえぎる物がなにもない状態の日差しというのは、まるで凶器みたいだ。おまけに海面の反射も慌ただしい。「そろそろ休憩しねぇか」と目の前の無表情の背中に話しかけるが、応答がない。
 灰原は現在、母星との交信で俺に構っている暇はないらしい。視野が極限まで狭まっているようで、先回りして彼女の目の前に立ちはだかったとしても、無言でかわされるという屈辱を、俺は何度か味わうことになった。もちろん女の子を一人で放っておく訳にもいかない。まるで女々しい元カレのような身分で、「待ってくれよ」と叫んだ。

 道中、漂着した黄色のビールケースを見つけたので、俺はそれを頭に被った。正直のところ重たいし、日差しを完全にふさげてはいないのだが、ひょうきんにでもなっていないと平静を保てなかった。
 それにしても、なんでわざわざ海岸沿いなんて歩くんだ。足元が砂利に持ってかれる。影を作る木々は、内陸側にしかない。このまま水分も取らず歩いていると、それこそ倒れてしまいかねない。俺は気を紛らわすために、ひたすら話しかけることにした。

「灰原、知ってるか? 無人島で火起こしをする人をよく見るけど、もっと簡単な方法があるんだ。透明な袋に水を入れて、太陽光を一点に集中させれば火が付くそうだ。でも、テレビ的に面白くないから誰もやりたがらないらしい」
「……」
「灰原、知ってるか? 飲み水が欲しい時は苔を探せばいいそうだ。苔を手に集めて握り締めると、綺麗な水が絞り出せるらしい。これもきっとテレビ的にやりたがらないんだろうな。アイドルが苔の水飲んでる姿とか見たくないもんな」
「……」
「おーい! せめて返事くらいしてくれませんかね、灰原さーん!」

 灰原のこじらせ厨二言語でさえ、ないと寂しく感じてしまう。歩き始めてから三十分は経っていた。ランチ後の雑談かよ。いつまで交信してんだ。
 暑さも相まってか、胸の内側に痛みが走る。——また、靴に砂が入った。ビールケースに座り、靴をひっくり返して底を叩く。その間も、灰原はひた歩く。離された距離を詰めながら、俺は懲りずに話しかける。

「なぁ、星の河って言うけど、まだ昼間だぞ。見れるはずないだろ」
「……」
「いくらなんでも、交信長すぎやしないか?」
「……」
「そうかよ。もう勝手にしろよ。お前にはお前の役割があるもんな」

 俺は灰原に並走する形を取った。相変わらず、虚空を見つめたまま、憑りつかれたように足を動かしている。
 きっと、追いかける義理なんてないのだろう。こいつはたぶん、一人でも無人島脱出を果たせてしまう。俺はため息を吐いた。吐くことを、我慢できなかった。

「なぁ、俺さ、ムカついてんだよ。無人島にいきなり連れてかれて、異種格闘技戦みたいなチームを組ませられて、訳も変わらず歩かされて。灰原さっき、「あなたたちを含めた、私たち四人」って言ったけど、俺は本当に必要なのか? 俺には役割が何もねぇじゃなぇか。宇宙人に、超能力者に、未来人。もう定員オーバーだろ。俺はさしずめ凡人ってところか。ふざけんな」

 人生の中で、自分が主役になったような感覚。俺はそれを味わったことがない。普通の家庭に生まれて、普通の生活を送っている。……記憶が曖昧だが、なんとなくそうだったような気がする。面白いことがあっても、それは世界のどこかで誰かが経験しているような些細なことで、宇宙規模で捉えてみたら、たいして面白い事なんて起きていないのだろう。
 無人島に漂流されて、もしかしたら何か変わるかもしれないとちょっとばかし期待していた。だけどフタを開けてみたら、俺だけが取り残されていた。俺だけが、何者でもなかった。

「役に立たたないなら、早く引導を渡してくれよ。火でも起こして待ってるからさ」

 こんな怒り、灰原にぶつけてもしょうがない。そんなことはわかりきっていた。余計な体力を消耗してしまった。俺はビールケースを再び頭に被った。額の汗に砂が付く。
 すると、林の方から葉が擦れる音が聞こえた。また牛か? と、目を凝らしてみると、憎たらしい顔の男が現れた。俺の顔を見るなり、やぁ、と手を上げる。その距離感まで仲良くなった覚えはないが、まぁいいか。能登くんを真似て、俺も手を上げる。

「独り言が聞こえると思ったら、あなたでしたか」
「能登くんも無事で良かった。やっぱ超能力者はタフだね」

 放り投げるように言う。
 能登君は涼しい顔を保ったまま、「そうでもないですよ」と右の膝を指さした。ズボンが破れていた。俺は咄嗟に目を反らす。赤い皮膚はじろじろと見れるものじゃなかった。

「膝を擦りむきました」
「やめろ。わざわざ見せるものじゃないだろ。ていうか、超能力で回復できたりしないのか」
「確かに。それは思いつきませんでした」
「おいおい、自分の能力だろ? しっかりしてくれよ」

 うちの電波メンバーはなぜこうも、勝手が悪いんだ。長電話をする灰原。時間のコントロールが下手くそな三崎。能力を忘れる能登。まるで説明書を失くしてしまったみたいだ。
 ——いや、もしかすると。心臓が嫌に高鳴る。首を振ることで、思い浮かんだ疑念をなかったことにした。

「この島に漂着してからなにも口にしていませんし、頭が回っていないのかもしれません。そういえば、さっきあなたは『俺はさしずめ凡人ってところか』とおっしゃっていましたね。そんなことないと思いますよ。本人が気付いていないだけで、人には必ず役割が存在するものです」
「話を反らすと同時に、独り言から話を広げようとするな。気持ち悪い」

 能登くんが「それは失礼しました」と悪びれる様子もなく頭を下げる。
 実際のところ、話し相手ができたことで救われた部分もある。「俺の役割って、どういうことだ?」と能登くんの話に乗ってやることにした。薄く開いた目が、わずかに好感を示しているような気がした。

「あくまで可能性の話ですよ」
「能登くんは俺が何者か知っているのか?」
「いいえ。知りません。僕とあなたは正真正銘、初対面なのですから」
「だったらなんでそんなことが言えるんだよ」
「そんな気がするだけです。深い意味はありません」

 能登くんは神妙な面持ちで、水平線を見ていた。「それにしても熱いですね。僕もなにか被ろうかな」服の袖で額の汗を拭い、辺りを見渡す。近くに落ちてあったポリタンクを拾うと、頭上まで持ち上げた。はたから見たら異様な光景であろう。

「なぁ、答えにくかったら別にいいんだけどさ」

 ペースを落とすことなく歩き続ける灰原の後頭部を見つめたまま、能登に尋ねてみる。俺はビールケースをなるべく目深に被った。
 能登くんが能力を秘密にしている理由。みんながヘンテコな異能力しか使えない原因。記憶喪失になってしまった今、すべてが雲を掴むような話だが、雲だって掴めそうなら掴みたくなるものだろう。一気に唾を飲み込む。喉が渇いて仕方がなかった。

「——能登くんも、俺と同じだったりしないか?」

 答えが返ってくるまでに、間があった。まるで水の入ったコップを音を立てずに置くように、慎重に答える。細い目尻が上がった。

「それはどういう意味ですか?」
「能登くんも、いや、他のみんなも記憶が——」

 俺がビールケースを頭から外すと、同じタイミングで能登くんが目の前の林を指さした。人と動物のシルエットが見える。途端に、懐かしい気持ちになった。UFO墜落からそんなに時間が経っていないとは言え、死線を乗り越えたと言っても過言ではない。向こうも俺たちの存在に気付いたのか、大きく手を振る。おーい、と声が聞こえる。

「あそこにいるのは三崎さんですね。牛さんも一緒にいるみたいです。これで全員そろいましたね。行きましょう」

 あぁ、とつぶやく俺の声は存外低くなってしまった。またもや、話を反らされた。
 やはり、強烈な三人と一匹と見比べると、俺だけが没個性に思えてしまう。俺は自分の胸に手を当ててみる。
 無人島を脱出するために、できることはなんだ。
 俺の役割はなんだ。
 もしかすると、俺は試されているんじゃないか。
 無人島に。電波設定の彼らに。自分自身に。


続く。

担当:飛由ユウヒ(@yuuhi_sink)

次回は担当:白樺さん

お楽しみに!

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