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第4話 「なにかおかしい」

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 閉じられた瞼をゆっくりと開けると見慣れ始めた砂の地面が広がっていた。こんな状態になったというのに俺はなぜだかホッとしてしまう。
 ゆっくりと起き上がって近くを見渡すと他の面子も同じように倒れている。一番近くにいる灰原に手を伸ばした俺は視界の端に入っている景色に動きを止めた。
 なにかおかしい。
 ゴミ一つ無く人がいた形跡のない砂浜に、どこまでも果てしなく続いている水平線。水面が揺れてキラキラとエメラルドブルーの輝きを放っている。こんな開放的なビーチ、セレブも手を叩いて大喜びするだろう。ジリジリと火傷しそうなくらいの太陽が燦々と俺らの元へ常夏のアイランド感をお届けしてくれている。
 確かに先程まではそんな光景が広がっていたはず。今俺の目に写っているのはなんの変哲もない砂浜、そして少し灰色混じりの無機質な白、脳天に突き刺さるような日差しは感じられない。
 上を見上げても真っ青な空やふわふわ浮かぶ雲、眩しいくらいのお天道さんは見当たらない。ただ同じ無機質な空間が天井のように広がっているだけだ。
 まるで夏の思い出を閉じ込めたシーグローブの中に迷い込んだ気分だった。

「おい、灰原。起きてくれ」
「…… 言われなくても起きるわ」

 スッと起き上がった彼女に少し気味悪く思いながら他の連中も起こしていく。だが、他の二人も微かな唸り声を上げるわけでもなく、のっそりと重たい体を起こすわけでもなく、初動態勢とは思えないくらいのスムーズに動くのが薄気味悪くて震えた。

「ここはどこですかね……」
「わからないですねぇ。でもこの砂浜には見覚えがありますよ」
「まるで砂浜ごと転送されたみたいね」
「そんなこと出来るのか?」

 こんな状況でも淡々と会話する三人に割って入るように俺は疑問をぶつけてみた。

「できるわよ。見たでしょ、あの飛行物体を」

 灰原の言葉に俺は脳味噌に刻まれた記憶を遡る。突然やってきたそれの影響でこんなことになっているんだと再確認させられた。運命に抗おうとした結果引っこ抜かれてしまった根っこも虚しく転がってる。

「俺たち一体どうなるんだよ」
「さあ。わからないわ。出口を探せばまだ明るい未来があるんじゃないかしら」
「さ、探しましょう!」
「多分無理よ」

 灰原は淡々と話し続ける。

「もしかしたら空間が既におかしいのかもしれないわ」

 どういうことだ、と言うことさえ疲れて何も言えなかった。そんな俺を察したのかわからないが灰原は言葉を続けた。

「誰かこの空間に細工してるのかも。私もさっきから交信しようとしても何も出来ないわ」
「僕だって自慢の超能力が使えなくて困ってるんです」
「やっぱり…… 皆さんも使えないんですね」

 そもそもそんな力誰にでもあるわけじゃない。そう言いたかったけど言えなかった。 

「抵抗されないよう拘束されてるのと一緒ね」
「つまり、これは捕まって出られないってことじゃないか」
「そういうことになるわね」

 どうしてこんなことになってしまったんだ。俺はどこで何を間違えてしまったのか。いつの間にか見知らぬ無人島に来てしまったと思ったら、今度は謎の飛行物体に吸い込まれて動物園の動物のように観賞されてしまうなんて。きっと前世でものすごい大罪を犯したのだろう。ふざけんな前世の俺。
 そんなことを考えていると背後から奇妙な鳴き声が聞こえてきた。

「もぉぉぉぉ、たいへんもぉぉぉぉしわけないもぉぉ」

 振り返るとあの牛がいる。どこに行ったと思っていたのだが案外近くにいたのだろうか。モーモー言っているがなんとなく謝っているように聞こえた。というか普通に喋っていることに対してあまり疑問に思わなくなってしまったみたいだ。

「わたしのせいもぉぉぉぉ。まきこんでしまってもぉぉぉぉしわけないもぉぉぉ」
「別にいいわ。それよりなんで地球外生命体の貴方は同じ仲間から逃げているのかしら」
「えっと、私たちを閉じ込めたのは牛さんの仲間なんですか?」
「君の正体は僕は捕まる前にテレパシーを使ったから全てお見通しですよ」
「あの…… 勝手に話進めないでほしい。それにその姿だと全然内容が入ってこない」

 牛が普通に日本語を喋り、それに対してなんの疑問も抱かずに会話をしている集団と俺はやはり混じり合えないと思った。話を遮ると牛はぺこぺこと頭を下げ始めた。

「あぁ、それはもぉぉぉしわけない。ではみなさんとおなじすがたになるもぉぉぉ」

 そう言って牛が突然粘土のように柔らかく縦に伸び、じわじわと俺らと同じような骨格へと変化していった。目の前の出来事にポカンと口を開けていると牛は完璧に人間の姿へと変化している。
 ただ一つ問題があるとしたら顔だけ牛の前なのだ。

「人間とは違う生物もぅ。彼女の言葉を借りるなら地球外生命体ってやつもぅ」

 超能力者に未来人、宇宙人ときたら今度は地球外生命体。宇宙人との違いはなんなのだろうか。

「本当だもぅ。確かめて見るもぅ?」

 うっすらと牛の顔に五等分下線が見えたかと思ったら、まるでみかんの皮でもむいたかのようにべろりと剥けて鋭利な牙らしきものが顔を覗かせた。ねちゃりとした唾液のような液体がテラテラと光り、牙と牙の間で糸引いている。これはグロすぎてモザイクをかけたいところだ。

「大丈夫です…… 理解できました」

 俺が呟くと牛はただの牛の顔に戻っていた。

「なんでこんな事になったのか説明するもぅ」

 そう言いかけた瞬間、耳をつんざくくらいの騒音と共に目の前の空間がぐにゃりと曲がった。


続く

担当:白樺桜樹

次回は6月20日(月)更新予定です。
お楽しみに!

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