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ふるさと

“やさしさ”と聞いて、脳内メモリーの中から顔をのぞかせたのは、スピッツの『田舎の生活』という曲。

20年程前の曲だけど、初めて私が聴いたのは、11年前の東日本大震災の年だった。


歌詞がとても情景豊かな曲で、メロディはゆったりしていて、短いので、30分もあれば音楽好きな人は覚えて歌える。

(スピッツの曲は歌詞が堅実で爽やかだ。深読みしてみるのかな?と頭をよぎることもあるけど、そんな読み取り方をするのは逆立ちしすぎかなあと思うし、でもそんなふうに読めなくもないな、というからくり感が楽しい)

話を戻して、「田舎の生活」は、豊かな風景の描写からはじまる。

丁寧に、ワンシーンずつの記憶が繋がって、いつしか雄大な自然に抱かれている気持ちになる。

懐かしく満たされた思い出を数えていく、このときの草野さんの歌声が、もう愛しさに満ち溢れていて、まさに"優しさ"そのものだ。

ところが曲の視点はそこから、180度変わる。

『必ず届くと信じていた幻』

『言葉にまみれたネガの街は続く』

『さよなら さよなら』…


草野さんは、自分が故郷を旅立つ時の心境を歌にしたのかも知れない。(恐縮ながら制作の背景は全くわからない)


けれども聴いたその時の私が想ったのは、生まれ育った家を離れなければならなかった福島県の人たちのことだった。(言葉にまみれたネガの街→新聞の見出し記事に載った写真を思い浮かべた)


今また別の国で、悲しい争いのため、生まれた家を、故郷を、離れなければならなくなった人たちがいる。


あの真っ暗になってしまった一つ一つの窓の中には、お爺ちゃんがいて、お婆ちゃんがいて、お父さん、お母さん、未来のある子どもたち、犬や猫やペットが、いた。

今も、いるはずだったんだ。


権力者が、武力の正当化の言い訳をどれほど重ねたとしても、罪なき民から暴力で故郷を奪ったという事実は変わらない。