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#ゆる
まどろみ荘小雑記 その十五
四隅に立派な竹の伸びる四畳半に 虎がいる
背広のしわを きれいになめて おつまみの袋 引き出し
爪で器用に 分厚くて真っ赤な てれびのすいっち
怪我を癒してくれた人へ 秘密の恩返しの日々
鋭い顔と 美しい縞 画面の猫を 尾でなでる
まどろみ荘 小雑記 その十四
四畳半の畳を透かして 南洋の諸島
燦燦と 二重の光照らす 大きな葉で飾られた灯りの下
ちいさな漁師と 駆け回る子と犬と ハンモックをゆらす人
どこからか もこもこと連なり響く マリンバの音
夜は真昼 真昼は夜 文机に突っ伏して眠る人の 空想南国
水色の波の光と音 壁に 蜘蛛に
まどろみ荘小雑記 その十三
四畳半に たんぽぽ と 似た姿の大人と子
根は どこまで? ぎざぎざの緑の葉 わっと広げ
ちびちび歩く虫 乗ってる ほこほこの花 柔らかな綿毛に なるんだね
よくわからない大人に なってしまったよ それなら前から そうだったよ
ため息 微笑み ほろ苦い失敗談 風で出来た燕が くわえていった
まどろみ荘小雑記 その十二
四畳半の真ん中に土を盛り シダを敷いて 鶏を爬虫類にしたような生き物が抱卵している
丸い目で 気象予報と壁のカレンダーと 石の栞した ノートを きょろ きょろ 透けた下まぶた まばたきしながら
何かの単語と同じ数の細長たまご 色鮮やかな羽毛の並ぶ前脚の下 くっくっと鳴いた
太古の熱帯の部屋 やわらかく呼びかける おおとかげの朝
まどろみ荘小雑記 その十
畳敷きの部屋に まるい月が浮かんでいる
眠いのか ときに震え 左へ右へ のんびりと
身のすみずみまで 伸びをして ほぐし
壮大な映画をみては 感嘆の塵を吹く
黒い空に 星だけ粒々輝く 夜の かたすみ
まどろみ荘小雑記 その九
水草のよく育った部屋中に 波間の光がたゆたう 四畳半
幻のように青白く大きな鯉が 尾を波打たせて浮かんでいる 青銅の鏡のような 真ん丸い眼は なにを思うか
静寂に呼び鈴 白い魚は口から印鑑 宅配さんに 押してもらって 受け取った
いきいきと鱗煌かせるもの と 泡立ち上る 手作りの箱 曇天の日の ひとつぶ
まどろみ荘小雑記 その八
畳にはどこからともなく 赤い楓が降り積もる
四方の壁の一面だけが灯りの灯る朱塗りの門で、左右に石の獣の子供が のしっと座り おるすばん
右の仔は 木枠の天井の電球に寄る ふさふさの蛾の羽ばたきに宇宙の星々を見 左の仔は 畳の隙間に遠き水の野を嗅ぎ分ける
くもり硝子の外の青 空を来た和傘の人影に、まりのように跳ね回る2匹
まどろみ荘小雑記 その七
満月と どこかの四畳半
日付も出る横長の目覚まし時計が、漫画雑誌の上で鳴り出す そのそばには、人ほどの巨大な蛹
慎重に、でも確かに つくり変わった からだを 殻から…
背が割れ 微光を放つ蛹のそばで、時計だけが驚くように鳴り続けている
まどろみ荘小雑記 その六
どこかから吹き込んだ落ち葉が、くるくるとまわりつづける四畳半 まわるうちに葉は 2枚になった
橙色の服の人が ふさふさ尻尾を ゆる振り フライパンも振る
紺色の服の人は泳ぎながら はりきって壁紙を変えている
橙さんには模様が現われる壁だけが見え、紺さんには良い匂いだけがする 少しずれた平行の部屋ずつの、重ね写しの 秋の気配
まどろみ荘小雑記 その五
水草がゆれる四畳半で、ぼさぼさの髪した人が 中型の動物に もう勝手に出たらいけないよ、帰って来れなくなっちゃうからね と言って聞かせ 柔らかくなでる するりするりとゆれる尻尾と、のんびりと閉じられた眼
背や お顔 ずいぶん白い毛が増えた 過ぎる日と いつかの日を考えたのか 鼻を赤くしながら その人と動物 しばし見あい
すずめの頭と羽をした猫 にゃぁ、の代わりに ちゅん と鳴いた
まどろみ荘小雑記 その四
壁に動く青空の描かれた畳敷きの部屋には 誰もいない ただただ風が 棚の色つきの空き瓶をすりぬけ壁から壁へ吹き渡っている
その下 所々ほつれた畳の間から 透けた人が顔を出した 手には、コンビニのおでんの小袋ーちくわぶと、ほたる石と、大根と玉子
するぅりと体全てぬけだしたところで、塩アイスを買い忘れたことに気付く
あぁ なんでかなぁの溜息のそば 赤い蜻蛉が壁の空へ吸い込まれていった
まどろみ荘 小雑記 その三
雄大に行き交う球形の海や野がみえる 木枠の窓の部屋で、銀色の服の3人が ちらしを眺めていた
一人は安い庭付き可住区域の価格を見比べ、もう一人は彗星弁当に心躍り、あと一人は好きなスタイルのお得な宇宙服を切り出して貼っている
灯りのない青い部屋、白や水色の小さな稲妻が かれらの頭上を ちりちりと
それでは またの日に、へんてこな住人のお話を。
まどろみ荘 小雑記 そのニ
手作りしたシャツを着た子牛が、煮物を持って 知り合いを訪ねた。家族が皆たくさん食べるもので、一人暮らしでは つい作るものが余ってしまう。
ぎぃー がちゃ と顔を出したのは 白いとかげの頭をした人
うれしそうに煮物を味見し 人参色に体が染まるのをみて、子牛は夕暮れの牧場の、おかあさんの低く響く声を思い出した。
それでは またの日に、へんてこな住人のお話を。