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【短編小説】おしまいの日
「今日は7月21日、地球最後の日です」
いつもと変わらぬ匂いのする朝、パン派の僕はお米を食べた。
なんたって今日は地球最後の日。
今日のテレビはこの話題で持ちきりだ。
いつも通り会社へ向かう。
満員電車。今日は地球最後の日だってのに、日本人は何とも律儀である。僕も例外ではない。
世界が終わるなんて信じられないし、いつも通りの日常を過ごすことで、現実から目を背けようとしているのだろう。
今日の23時59分、地球が滅亡する。
どういう風に滅亡するのかは国が教えてくれない。
国民のパニックを防ぐためだろうと予測する。
いつも通りにタイムカードを切る。
いつも通りに休憩に入り、サンドイッチを食べる。
いつも通りの業務を終え、いつも通り17時に退勤。
「ただいま」
いつも通り18時に帰宅。
家に帰ると彼女が先に帰宅していた。
「おかえり、今日もお疲れ様。ご飯できてるよ」
二人で最後の夕食を終えた。
今日は鮭とご飯、ウインナーとパンだった。
デザートはきな粉餅。
炭水化物と炭水化物でも良いのだ。僕の大好物ばかりだったから。
いつも通り風呂に入り、テレビを流し、ゆったりとした時間が流れた。
二人でベランダへ出る。
生暖かい風だ。
とても世界が終わるとは思えない匂いだ。
未だに信じられない。この日常が終わるなんて。
「ねぇ、もう今日が最後の日だよ。なにする?」
彼女が微笑む。
「そうだなぁ、キスとか?」
「ふふっ、君は最後までピュアだなぁ…」
軽くキスを交わす。
胸が痛んだ。
現在の時刻は23時30分。
「あのさ、生まれ変わったら何になりたい?」
彼女に尋ねる。
「そうだなぁ、すぐに死なない生命体だったらなんでもいいや。痛いのは嫌だからある程度強い生き物がいいな」
「なんだそれ、君らしいなぁ。僕はもう生きたくないや」
ため息をついてしまった。
少しの沈黙。
彼女は寂しそうに微笑む。
「君は私と一緒にいて楽しかった?」
「もちろん。君がいないと、僕はもうダメだと思うくらいに」
「…そっか。でも君は素敵な人だから、君のことを見てくれる人はたくさんいるよ。君に救われている人がたくさんいるんだよ。君はまだ気づいてないだけ」
「そんなのどうだっていい。他人なんて、僕には知ったこっちゃない」
空が赤く染まる。
深夜なのに赤いなんて、本当に終わるんだと実感する。
この景色を目に焼き付けたところで、どうせ無駄なんだけど。
23時50分。
もうすぐ終わってしまう。
彼女に伝えなければいけないことがあるのに、心が痛くて声が出せない。
この期に及んで情けないったらありゃしない。
彼女が口を開く。
「君に初めて出会ったあの日、本当に運命だと思ったんだ。私には君が輝いて見えた。この世界から距離をとって生きる君に美しさを感じたよ。あぁ、私に似てるなって。…でも君の方が数倍前向きだった。だから救われたのは私の方なんだよ」
「僕はそんなんじゃないよ。君がいてくれたから強くいられたんだよ」
涙が溢れ、慌てて顔を伏せる。
違う。彼女の顔を見ていたいのに。
「君はいつも死にたがってたね。でも私は、そんな君でも愛していた。また来世で出会えるなら、こんなに嬉しいことはないよ」
「…うん」
「生まれてきてくれてありがとう。君との時間は特別で、私の生きがいだった。それと、みんなによろしくね。君のこと大好きだよ。ずっと愛してる」
「って、あははっ。最後なのに、普通のことしか言えないや。…ごめんね」
なぜ笑えるのだ。
やっぱり君は強いじゃないか。
残り数分。
僕は声を振り絞る。
「…僕を置いていかないで!帰ってきてよ、頼むからさ…。君と出会えて、こんな世界でも生きてもいいかなってやっと思えたのに…!」
堪えていた涙がボロボロ溢れる。
馬鹿みたいに泣きじゃくる。
ダサい。
「大丈夫、私がいなくても君の世界は怖くないんだ。君は一人じゃない。私たちはまた出会えるからさ、だから泣かないで」
「そんなの無理だよ!嫌だ!まだ一緒にいてよ!お願いだからさ…。こんなに愛してるんだ…離れるなんて嫌だよ…。君から貰ったもの、まだ返しきれてないんだ…」
崩れ落ちる僕を彼女が優しく抱きしめ、頭をなでる。
「そうだね、大丈夫。私は君の隣にずっといるよ。だって私たち、そんなんで離れる絆じゃないでしょ?それに私は、君から十分すぎるくらいお返しはもらったよ。ありがとね」
顔を上げると彼女の目からも涙が流れていた。
「あぁ、死にたくないなぁ…。君とずっといれたらいいのにな」
そう微笑みながら少しだけ俯き、涙を拭っている仕草。
泣いているのを隠そうとしているのがバレバレだ。
残り数十秒。
「さて、もう時間だね。私はバイバイ、とかさようならって言葉が嫌いなんだ。もう二度と会えないような気がするからさ」
手を繋ぎ、再び交わすキス。
繋いだ手を強く握り返した。
僕にはそれが精一杯だった。
「じゃあ、またね!」
世界が終わる。
僕は目が覚める。
真っ白い天井。
「ーーー脳波異常なし。聞こえますか?」
頭についた装置に違和感を覚えつつ、朦朧としていた意識がはっきりしてきた。
近未来的なヘッドセットを外す。
隣を見やると彼女と二人で写った写真が立てかけてある。
ここは日本で一番、最新の技術が揃っていると名高い病院の一室だ。
今日は7月21日。
彼女の命日。
死因はガンだった。
「あぁ、地球なんて本当に終わってしまえば良かった。君と一緒に消えてしまいたかった」
でも。
また会える…かぁ。
最後に彼女が残した言葉。
『私たちはまた出会える』
本当に運命ならば、また来世で巡り合える。
そうだな、僕も前を向かなきゃいけないな…。
でも、できるだろうか。
彼女がいないのに、この世界で前を向くなんて。
…それでも。
僕だけは、死んでも彼女の存在を忘れない。忘れてやるもんか、絶対に。
心臓がひどく痛む。頭も痛い。吐きそうだ。もう、ぐちゃぐちゃになりそうだ。
消えてしまいたい気持ちに駆られる。
それでもほんの少しだけ、生きたいと思えた。
この世界は少しだけ優しいのだと、愛する彼女から教えてもらったから。
死にたかった僕に前を向かせ、強い自分を持たせてくれたのは彼女だ。
であれば、この強さは彼女が生きた証になるはずだ。
いつまでも僕の傍にいてくれるんだろ?
天気が良く、窓から吹く風が心地良い。
彼女が愛した季節は夏だった。
※この作品はフィクションです。
夕食のメニューは私の大好物です(笑)
私個人の趣味で、読み手側の考察や想像にお任せするスタイルを取っているため、この作品に正解はありません。
「?」と思った部分は考察や想像でお楽しみ頂けると幸いです。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
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