一人前の蕾たち1 ~あいつ~
深夜3時、突然携帯の着信音が鳴り響く。仕事で部下がやらかしたのか。携帯を見ると登録されている番号ではない。やれやれ。電話に出るとすぐに誰だかわかった。
「番号変わってなかったんだね。なんか寝れなくて電話しちゃった。元気だった。」
「はぁ。それよりも、10年以上話してないのにこんな時間に電話してきてどうした。誰か亡くなったのか。」
「何で誰かが死ぬの。あっそうか。こんな時間だもんね。・・・ま、いっか。今度の火曜会えるかな。久しぶりに一杯やらない。22時に『K'sB』ね。」
「飲みに行くのは構わないけど、それよりなんで電話かけてきたんだ。」
「はじめに言ったじゃん。寝れないからかけたんだよ。」
「お前なあ。そうじゃ...」
「そうじゃなくて。寝れないという理由だけで、10年以上話していない俺になぜ電話したんだ。お前なら眠れない時に話す相手は他にもいるだろう。しかも用件は飲みに行こうって、いったい何考えてるんだ」と言いかけたが、言葉を飲み込んだ。あいつと議論すると長くなるし何より面倒くさくなったからだ。
あいつの人の都合は一切考えない癖、俺のあいつとの会話を面倒くさがる癖。そして、噛み合っているのか、噛み合っていないのかよく分からない会話。あいつも俺も相変わらずだ。やれやれ。
「あぁわかった、火曜の22時に『K'sB』な。もう寝るから切るな。」とそっけない返事をして電話を切った。
「誰から。」
妻が目をこすりながら聞いてきた。
「昔の知り合い」
「え、どなたか亡くなったの」
俺の感覚は間違えていないらしい。
「亡くなっていないよ。飲み会の誘いだよ。」
「ああ、時差を考えていなかったのね。きっと」
そう言うとまた、すやすやと寝てしまった。妻は勝手に海外に住んでいると勘違いしていたのだろう。否定するのも面倒なので、特に何も言わなかった。あいつに何かあったのだろうなと想像したがすぐにやめた。
ただ、あいつのことを少しでも考えたことが間違っていた。寝るタイミングを逃してしまったのだ。やれやれ。
約束の10分前に『K'sB』に着いた。あいつはまだ来てないらしい『K'sB』は久しぶりに来た。いろいろな物がくたびれてきていたが、雰囲気自体は変わっていない。むしろ味が出ていい感じにまとまっている。テーブル席が4席とカウンター。昔ながらのジャズが聴けるBARだ。
客は訳ありそうなカップルが1組(昔と変わっていない)。音楽を静かに聞きながら読書をしている青年が1人(これも昔と変わっていない)。
以前は白髪のオーナーとやたらと尻尾を振る愛想の良い犬がいたが、今は若いバーテンダー(おそらく息子であろう。雰囲気がどことなく似ている)となぜかやる気のなさそうなあくびをしている猫がいた。この親子は動物とジャズが好きなのだろう。
若いバーテンダーに一言聞けば解決する内容でも面倒くさがって何一つ聞かず、勝手に想像して勝手に決めつける。俺の悪い癖だ。この癖のせいで仕事でもプライベートでも苦労してきたのに一向に直そうとしない。やれやれ。それはさておき、シングルモルトウイスキーのロックをダブルで注文し、チビチビやりながらあいつのことを思い出していた。そして、あのことも・・・。
あいつと出会ったのは中学に入学してから1週間後、部活がはじまる日の昼休みだ。
「君、サッカー部に入るんだよね。俺もサッカー部希望だから一緒に行こ。授業終わったら迎えに来るよ。」
びっくりした。
しかし、もっとびっくりしたのはクラスの女子たちだ。彼が教室から出ていった瞬間にクラスの女子に囲まれて彼についての尋問を受けた。「知り合いなの?仲良かったの?好きな人いるの?どんなタイプが好みなの?」いろいろ質問されたが何一つわからないと答えたら、本当のことを教えないとお前の秘密をばらすぞ(どんな秘密だ)と脅しめいたことも言われた。それでも僕は何一つ答えられなかった。
なぜなら、彼の名前すら知らないのだから。
(つづく)
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