甘いケーキとおませさん

「いい加減にしてよ‼︎」

そうオレに向かって叫んだのは、いつも自分なりに夜咫やハルの面倒を見ている見習い九尾の狐太郎だった。どうやら何時もオンボロ神社の屋根で昼寝しているオレに腹を立てたらしい、尻尾の毛を逆立ててオレに向かって怒鳴ってくる。

「幽兄はいつもそう‼︎昼寝ばっかりして‼︎昨日の任務だって幽兄だけいなかったしさ‼︎」

ああ、昨日か…昨日は確かあの科学者のところに薬もらいに行ってたんだっけか、オレが周りと同じように行動するための。でもどうやら狐太郎にはそれがいつものサボりに見えたらしい。まあ、しょうがないか、こいつらはそのことを知らないんだし。

「なんで幽兄はいつもそうなの!?この前だってやたらめったら人間を巻き込んで‼︎」

戦闘に人間を巻き込んじゃダメって言われてるじゃんか‼︎そう叫ぶと狐太郎はリュックサックに好物のいなり寿司を大量に押し込んで背負った。おい待て、どこに行くつもりだ⁉︎

「もう幽兄がしっかりするまで僕出てくから‼︎」

「出てくって、お前⁉︎夜とかどうするんだよ⁉︎」

「師匠の所に泊めさせてもらう‼︎」

そう一気に幕立てると、狐太郎は隻眼の烏を呼び出して飛び立ってしまった。ああ、これは完全にやらかした…

「幽凪、お前…」

「何も言わないでくれ、死乃…」

烏に乗って飛び出した狐太郎を見て、何かを察したのだろう。死乃がオレに向かって軽蔑の眼差しを向けてきた。うん、お兄ちゃんわかってるから‼︎そんな目で見ないで‼︎

「…何があったのかはだいたい察するけど、あいつはあいつなりに夜咫と晴鬼の面倒を見ようとしてるんだ。だから余計に許せなかったのかもな。最近のお前、何も感じてないみたいだったぞ」

「…」

死乃の言葉に、オレは何も言えなかった。たしかに狐太郎が不器用なりに二人を守ろうとしてるのはわかっていたし、最近の自分は薬を切らしてたこともあって感情がどこか欠落していたとは思う。うまく記憶通りに演じたと思ったんだけどなぁ…

「…幽凪」

「ん〜?」

「今日のおやつはケーキなんだろ?」

「ああ、昨日は任務のせいで食いっぱぐれちゃったもんな」

一昨日、甘いものが苦手な死乃のために作ったティラミスを見て夜咫がケーキが食べたい。と言い出したのがことの発端だ。少なくともケーキとなると皆好みが違うから焼くのに時間がかかる。その上昨日焼くつもりが任務が入ってしまい、おやつじたい食べれていない。

「あいつの機嫌直すには、じゅうぶんだとおもうぞ」

「…そうだな」

死乃がの発言は時々遠回しになる。今回もその類なんだろうな。オレは死乃の言葉の意味を理解すると同時にいつものフリルのついたエプロンを身につけてキッチンへと向かった。

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「それで、家出してきちゃったの?」

「うん…だって、幽兄何時もサボってばっかだし…」

神社を飛び出して、師匠のところに来て、僕は師匠に幽兄の愚痴をつぶやいていた。ここ最近の幽兄はどこか変だ。何時も笑ってるのに無表情なことが多かったり、前より寝てることが多かったり、なぜかは知らないけど、幽兄が幽兄じゃないみたいに感じてた。わけがわからなかった。

「君のところの長男サマが一体なんなのかわからなくなっちゃったって顔だね」

そう言って師匠は僕の隣に座って僕の持ってきたお稲荷さんを食べた。尻尾が一本しかない僕と違って、師匠の尻尾はもう九本あって、どれも綺麗な毛並みをしていた。

「…うん…」

師匠の尻尾に見とれながらものくは小さくうなずいた。すると師匠はこんなことを言ってきた。

「君が理想にする人物って、何者なんだい?」

「え?」

理想にする人物?それは、師匠みたいに立派な九尾になりたい。でも、なんか違う気がする…なんだろう?

「…わからないよ…師匠…」

「だろうねぇ…君は幽さんのことを真に理解していないもの」

「?」

ああダメだ、余計にわからない。だって自分たちの育ての親みたいな存在だよ?いつもニコニコ笑ってるのが幽兄なんじゃないのかな?

「ブッブー、それは君が幽さんに抱いてるイメージだよ。そうじゃなくて、もっと心の奥を見て見るんだ」

師匠がダメ出しをしてきた。しかも僕が持ってきたお稲荷さんまた食べてる…それにしても、心の奥を見る…心…?

「…」

そういえば、幽兄はいつも何か飲んでた。前に夜咫が食べようとして慌てて止めてたから、多分薬…?

「幽兄、薬飲んでた…」

「ふんふん…それで?」

それで…?そういえば、最近はその薬を飲んでるところ見てないかも。ついでに言うとその薬を飲むところを見なくなってから寝ることが増えてた気がする…

「最近は、薬を飲んでなかったかもしれない…」

「うん、そうみたいだね〜」

「そう見たい…って師匠知ってたの⁉︎」

「そりゃあね〜幽さんと私の仲だからね★」

ああ、いつもは尊敬できるのに師匠のこういうわけのわからない茶目っ気だけは好きになれない…わかってたなら教えてくれればよかったのに…

「あ、幽さんに口止めされてたからね〜君がたどり着くまでは教える気なかったよ」

「そうなんだ…」

幽兄が秘密にしたいこと…そんなの、きっとあの時のことだろうな…でも、幽兄が何者なのか考えてわかってきた。最近無性に幽兄に腹が立ってたのは、幽兄がわからなくなったからイライラしてたんだ。そしてそれが昨日のコソコソとした出来事も相まって爆発しちゃった。

「…ねえ、師匠…」

「ん?」

「僕の幽兄に対する考え、聞いてくれる?」

「ふふ…いいよ、わかるまで付き合ってあげる」

そういうと師匠は最後の一個だったお稲荷さんを食べた…最後の、一個…?

「ああ‼︎僕の持ってきたお稲荷さん‼︎‼︎」

「ふふ、ご馳走さま★」

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「コタ、遅いな…」

あの後ケーキを焼き上げたオレは遊んで帰ってきた皆にそれぞれの好みのケーキを出した。ついでに紅茶も入れてみたけど、あまり好評ではなかった。解せぬ。

「ねえ、兄ちゃん…」

「ん?どした?」

隣で自分の入れた紅茶をすすってると、ハルが話しかけてきた。様子を見ていると少し眉尻を下げて心配そうな顔をしている。

「コタと喧嘩、したんだよね…?」

「…おう」

「やっぱり…」

オレの返答を聞いたハルがふぅ…と一息ついた。そしてまた口を開いた。

「コタね、僕とかヤタの相手してくれるんだけど、何時も兄ちゃんみたいになろうって思ってるのかな?同い年なのに、どこか大人ぶってる気がするんだ」

「まあ、それがあいつだろうからな」

「でも、最近はコタ、兄ちゃんがなんなのかわからないって顔してたんだ。弱音は吐かなかったけど、何時もそんな顔して元気なかった…」

最近…オレが飲んでる薬が切れたのも最近だ。昨日は任務をみんなに任せて薬を取りに行っちまったからあれだけど、それがとどめになっちまったかなぁ…

「だからきっと…うまくいえないけど…コタは目標にしてる人がわからなくなっちゃったからすごく不安だったんだと思う…だから、迎えに行って何時もの兄ちゃんの姿を見してあげるべきだと思うよ…?」

そう言い切ると、ハルはまたケーキを一口口の中に入れた。もぐもぐとほっぺが膨らんで動いてる様がハムスターみたいで可愛らしい。でも、目標か…

(弟に言われて気づくなんて、俺もまだまだかなぁ…)

俺はいつでも皆を引っ張っていくために前を行こうとしていた。結果としてはコタみたいに目標にしてくれる奴もいた。でも、普段から隠し事をしすぎたのかもしれないな、俺もまだまだ大人じゃない。背伸びしたって届かない。

「さて…と…」

オレは紅茶を飲み干すとそのまま外に出て片足のない烏を呼んだ。かあ、と一声泣いて目の前に止まったその背中に飛び乗った。

「ちょっと、あいつ迎えに行ってくるわ」

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「だから、僕は幽兄は感情がなくて、薬を飲んでごまかしてるんだと思う」

「…」

あれから、何度も何度も考えて、僕が目標にしていた人物像も見えた。そして、その人物が隠してるだろうことも、憶測でしかないけど、当たってると思う。

「完璧な人なんていないんだからね…君が目標にしてる幽さんも、そういう風にどこかで欠点があるんだよ」

「うん」

「もちろん、君だって完璧じゃないんだ…無理に背伸びしないで、もっと周りを頼りなよ?」

そう言って師匠は僕の頭を撫でた。僕は幽兄みたいに、大切な人たちを守りたいと思った。だからそのために周りに頼っちゃダメだと思ってた。でも違った。師匠が言ったみたいに完璧な人なんていないんだから、もっと周りに頼らなくちゃダメなんだ。

「お‼︎いたいた‼︎おーい‼︎コタ〜‼︎」

遠くから大きな声が聞こえてきた。頼る人がいなきゃいけないのは、僕だけじゃないよね。

「幽兄ー‼︎幽兄がなんか病気だとしても、僕たちがいるからねー‼︎もっとみんなを頼ってよー‼︎」

僕の言った言葉に幽兄は驚いたような表情を見せた。そしてしばらくした後にニカッと笑った。何時もの幽兄の笑みだ。

「頼ることになったら大忙しになるからな⁉︎覚悟しろよ〜‼︎」

「いつもでしょー‼︎」

「ふふ、さあ、早く帰りなさいな」

そう言って師匠は御社の中に帰っていった。それに僕はありがとうございました。とつぶやいて幽兄が乗ってきた烏の背中に飛び乗った。

「そういえば、今日のおやつ何?」

「ん?いつになく子供っぽいな?」

「別にいいでしょ‼︎」

幽兄の言葉に恥ずかしくなったけど、無理に背伸びしちゃったら成長できないもん。ほかの人に頼ることを覚えられたら、また成長できると思うんだもん、子供っぽくてもいいもんね‼︎

「はは‼︎冗談だよ‼︎今日のおやつはケーキだぞ〜‼︎」

そういうと幽兄は烏の背中にずっと置いていた箱を開けた。

「うわぁ…‼︎」

中には九尾のを模した小さなカップケーキが入っていた。手にとってかぶりつく。少し甘い、まだまだ子供っぽい味がした。だけど、すごく美味しい。

「…今日1日だけど、大分大人っぽくなったな…」

「?幽兄?」

「何でもねえよ‼︎ほら、さっさと食っちまえ‼︎夜咫に食われるぞ(笑)」

「⁉︎それはやだ‼︎」

モグモグと口いっぱいにケーキを頬張った。甘かったけど、今はこの味が大好きだ。子供っぽいけど、無理に背伸びしなくていい味。目標に向けて、一歩前進できた気がするこの甘い味。

(無理しないで、周りを頼る。完璧な人はいないのだから、当たり前)

今日、師匠が言っていたことを心の中で反唱する。あ、他にはその人に自分のイメージを押し付けるんじゃなくて、その人の本質を見抜けるようにする…だったね‼︎

「明日から、また頑張ろう…‼︎」

そう無意識のうちにつぶやいて、僕は夕焼けに照らされた古ぼけた神社の、我が家の屋根を見た。

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