甘いものは苦手です
「お前らー‼︎クッキー焼けたぞー‼︎」
そう言って俺たちを呼ぶのは俺たちの兄貴のような存在の幽凪。まあ、一応従兄弟なんだから兄貴でもいいのかもしれないけど、あいつと俺はそんな間柄じゃない。
「クッキー⁉︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
そう言って背中の羽をパタパタとさせながら空中から降りてきたのは俺の妹の夜咫。いつもニコニコしていて泣いてるところは見ないが、怒らせたら半端なく怖い。それこそ山一つ消しとばしかねないほどだ。
「夜咫ストップ‼︎まずは手を洗ってこよう」
「え〜(*⚪︎▽⚪︎*)」
そう言って夜咫を止めたのは狐の耳と尻尾をつけた狐太郎だった。一応九尾らしいが、まだ見習いなために尻尾は一本しかついてない。でもその尻尾も焼きたての美味しそうなクッキーの匂いにつられて揺れてる。相当楽しみみたいだ。
「二人とも早いって〜…」
そう言って遅れてやってきたのは情報の整理を任されてる幽凪の弟の小鬼、晴鬼。ぜえはあと肩で息をしてる彼を見る。もうちょっと体力つけたほうがいいぞ、晴鬼。
「ほら早く手ぇ洗って席つけ〜じゃねえと今日のおやつなしだぞ〜」
毛先だけオレンジ色に染まった長い白髪を揺らし、フリルのあしらわれたエプロンをつけたまま幽凪がリビングに出てきた。いつも思うが、なんでそのエプロンなんだ。
「ほら、死乃も」
「…ああ」
幽凪に促されて俺も席に着く。みんなでいただきますと言ってからクッキーの争奪戦が始まった。
「美味し〜‼︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
「あ⁉︎ちょっと夜咫それ僕の‼︎」
「うわあ…コタもヤタも食べるの早いよ〜…」
「そんな焦んなくてもまだ焼いてるのあるからな〜」
皿に山盛りに乗せられていたクッキーがどんどんなくなってく。それを幽凪は微笑ましげに見ていた。かく言う俺は甘いものは好んで食べない。甘ったるい味はどうにも胸焼けがしてしまい、気持ち悪くなる。
「そういや、死乃って甘いのあんま好きじゃなかったな」
「あ、ああ…胸焼けがするからあんま好きじゃない…」
幽凪のセリフに少し申し訳なさそうに答える。すると幽凪はちょっと待ってろ〜と言ってまた厨房へと戻っていった。
「んぐっ⁉︎」
「どうしたの〜?(*⚪︎▽⚪︎*)」
「ああもう急いで食べるから…‼︎はいコタ、お水」
ばくばくとクッキーをかき込むように食べていた狐太郎が唸る。一気に頬張りすぎて喉に詰まったみたいで晴鬼が水を差し出してる。夜咫はと言うといつものニコニコ顔でクッキーを頬張ってる。なんだかんだでここにいると生前を思い出す…まあ、生きてる時の親戚の一部が集まってるんだから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど。
「美味しかった〜‼︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
『あ⁉︎』
今しがた最期の一個を夜咫が食べ終えた。それに狐太郎も晴鬼も残念そうな視線を向けてる。
「お〜タイミングバッチリだったか‼︎ほら、新しく焼けたクッキーだぞ」
『‼︎やった‼︎』
幽凪が持ってきたクッキーを見て二人はまた目を輝かせ、そのクッキーを食べ始める…ん?そういえば幽凪はなぜかもう一つ皿を持ってる。何を持ってきたんだろう。
「ほら、お前辛いの好きだけどあんま辛くすると厨房とんでもない匂いになるからな」
「‼︎これは…」
幽凪が俺の前に置いた皿の上にはティラミスが置かれている。マスカルポーネが甘いかもしれないが、その分下のスポンジ生地に染み込ませたコーヒーの苦味がいい具合にそれを打ち消してくれる。俺が唯一たべれるといってもいいケーキだった。
「…やっぱりうまいな」
「だろ?」
一口食べると、マスカルポーネの風味とコーヒーの苦みが絶妙に絡み合っていてとても美味しい。率直に感想を呟けば、幽凪がいたずらが成功した子供みたいな笑みでこちらを見ていた。
「結構こだわったんだぜ?生クリームとチーズの分量とか、スポンジに染み込ませるコーヒーとか」
「…相変わらず、変なところ凝り性だよな」
「にゃにおう⁉︎」
俺の言葉に幽凪は今度はほっぺを膨らませる。なんだってこいつはこんな子供っぽいんだ。
「あー‼︎死乃兄だけケーキ‼︎」
「俺は甘いのたべられないからな…たべてみるか?苦いぞ?」
「苦いの〜?(*⚪︎▽⚪︎*)」
「ああ」
先程までクッキーを頬張っていた夜咫と狐太郎が俺がたべてるケーキを羨ましそうに見ている。だが俺が苦いぞ、といえば狐太郎はうへぇ…とした顔をしてまたクッキーをたべ始める。どうやら最初のとは違う味らしく、飽きもせずにもぐもぐとたべ続けていた。
「ゆーにー‼︎ケーキ食べたーい‼︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
「はいはい、また明日作ってやるからな」
「やたー‼︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
二人が明日のおやつを決定する様子を眺めつつ、ティラミスを食べ終える。
「最後の一個‼︎」
「どっちが食べるか…‼︎」
「いただきまーす‼︎(*⚪︎▽⚪︎*)」
『あ⁉︎またぁ⁉︎』
「ぷっ…‼︎」
「…ふふ」
三人のやりとりに幽凪が吹き出す。それにつられて自然と俺の口元も弧を描いた。この時間だけはとても優しい。生きてる頃には味わえなかったものをこうして死して味わえてる。なかなかに皮肉だな。だけどこの優しい、甘い空気は悪くないかもな。
甘いお菓子とかはあんまり好きじゃないけど、こう言う甘い空気ならいくらでも味わっていたい。そう心の中で呟いて幽凪にティラミスのお代わりを頼んだ。
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