見出し画像

【短編】4.精霊馬

 お盆。
 従兄弟の家に向かう前に、近くの縁日に顔を出した。
 盆踊りをやっているので、ついでに屋台も出ているのだ。

 懐かしさに駆られてぶらついていると、精霊馬売りのおじさんがいた。

「精霊馬いらんかねえ。赤に黄色に青に白、こいつは世にも珍しい金色の精霊馬だ。さあ、寄った寄った!」

 ……とまあ、聞き慣れた口上の懐かしさも相俟って、群がる子供たちの後ろからつと立ち止まってしまった。
 子供が群がるのもわかる。何しろ普通は緑色の馬と紫色の牛しかいないからだ。

 精霊馬というのは、お盆の時期に作る野菜の馬と牛だ。キュウリとナスにそれぞれ棒を四つ足に突き刺して作る。

 キュウリが馬。
 ナスが牛。

 どちらも役目はお盆に戻ってくる先祖の霊を乗せることだ。
 来る時は馬に乗って早く来る。
 帰る時は牛に乗ってゆっくり帰る。
 そう言われているが、実際のところはどうなのかよくわかっていない。
 しかしいずれにせよお盆のはじめに動き出し、終わりとともに動かなくなる。

 あまりに不思議な光景なので、一部の外国人からは「忍者の技の一つ」などと間違った理解をされている。

 おじさんは冷たく見下ろす私を見ると、ちょっとだけ顔をあげたが、すぐに無視した。私のように、ただキュウリやナスをペンキで色づけしただけと気付いているような大人は商売の邪魔なのである。

 すました顔しやがって、とっとと立ち去りやがれ――そう言われている気分になる。
 目線だけなのに。

 もともと精霊馬売りは、野菜農家の人たちが、変な形の野菜を精霊馬にして売り出したのがはじまりだ。ただ、そのままだと単なる変な形の馬にしかならない。ペンキで色づけして子供の目を引き、なんとか採算を取ろうとしたのだ。

 だが最近の精霊馬は、もはやペンキ程度で目を向けられるものではなくなっている。

 SNSでは、足を作るだけに飽き足らず、故人が好きだったからとバイクに改造したりする人もいるからだ。
 かつて動画サイトで驚異の数字をたたき出したのは、バイクに改造された精霊馬が、およそ馬とは思えない「ドゥルン、ドゥルン」という声をあげて飛び立っていくさまを、撮影主が呆然と見送るというものだ。
 「マジかあ」という撮影主の言葉が笑いを誘い、結構な数が出回っている。
 あまりに呆然としたつぶやきだったのか、外国人にまでウケたのだから相当なものである。

 私はいずれ散っていくであろう子供たちを思いながら、フッと笑って従兄弟の家に足を向けた。

 広い庭にいた従兄弟は、「よお」と軽く手をあげた。
 にやにやとしながら私を見る。

「今年のは力入れたから見ろよ」

 あまりに自信満々なので、そこまで言うならどれほどの力作なのか、バイクに勝ってるんだろうなと思ってついていった。
 すると、仏間を前にして、急に目の前を細長い蛇のようなものがうねうねと飛んでいった。

「うわっ」

 驚いて目を見張ると、胴の長い、緑色の龍が、優雅に部屋の中を飛んでいた。

「何これ」
「龍だよ、龍。ほら、前に動画サイトにバイクが上がってたろ。あれに対抗したんだ」

 胸を張ってふんぞり返る従兄弟をよそに、緑色の龍は器用に体をくねらせて部屋の中を回遊していた。

「もうこれ、馬じゃあないじゃん」
「バイクだって馬じゃないだろ」
「バイクはまだ鉄の馬っていう言い訳ができるけど」

 そんなことを言い出したらバイクも龍も馬ではないが、私たちがくだらないことで言い合っているうちに龍はゆらゆらと縁側へ出て行った。

「あっ。出発か。出発するのか!? 早くっ、動画撮るからお前もケータイ!」
「ええ……」

 心なしか雷すら纏っているように見える。たまにぱりぱりと黄色い電気のようなものが走った。
 ゆらゆらと空へのぼっていく龍は、小さいながらも貫禄すら纏っていた。
 ケータイの動画機能でそいつを録りながら、私はつい、と画面から目を離した。画面越しではない龍の姿は、どこまでものぼっていく。これから迎えに行くのだ。

 それなのに、今のこの景色こそが――魂がのぼっていくようだった。

サポートありがとうございます。感想・スキなど小さなサポートが大きな励みとなります。いただいたサポートは不器用なりに生きていく為にありがたく使わせていただきます。