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退職までの備忘録⑦~決壊の瞬間~

電車で過呼吸を起こした翌日、顔も腫れているし疲れ果てていたため急遽在宅勤務に変更した。
眠かろうと疲れていようと、蛇口から流れ続ける水のように仕事はあふれ続けていく。
この日も仕事が終わらず気づけば21時近くになっていて、仕事を中断し半泣きになりながら慌てて食事の準備をしていた。
そんな中、子からの一言が刺さる。
「こんなに働かなくてもさー、お給料もらえる仕事他にもあるんでしょ?辞めても退職金出るんだったらしばらく生活できるし、辞めれば?」
仰る通りです。完膚なきまでに仰る通り。
しかしここで私は最悪な言葉を放ってしまった。
「そうはいっても簡単に辞められないんだよ!君にもこれからもお金かかるし!」
本当に最低最悪である・・・(後で謝罪しました)
そして泣きながら味噌汁を作っていた。メンヘラ母ですまん。

この一言は本当に突き刺さった。
翌日からぼんやりと、3月末で早期退職金を貰って辞めてもいいかもしれないと思い始め、週末何かの用事で実家に行った時には「多分12月末か3月末で辞めると思う」と伝えていた。
今まで辞めたかったタイミングで猛烈に反対していた両親も、最近の働き方はヤバいと感じていたらしく、もっと早く辞めればよかったのにと言われる始末。。
家でも「もう今年度で辞めるわ。」と宣言。
子は自分が言ってしまった一言がいけなかったのか?と気にしていたので、あの一言のおかげで目が覚めたと感謝の気持ちを伝えた。
夫はようやく異常な生活から解放されると喜んでいた。

・・・なんだ、辞めてよかったんだ。

今まで頑なに退職することを拒んでいた理由がわからなくなるほど、すべてが すとん と腹落ちした瞬間だった。
北村さんやYuumiさんに言っていただいていたこと、佑天さんのお香を焚きながら念じていたこと、すべてがようやく繋がった。

辞めると決めてから少し気が楽になったけど、3月末まであと9か月以上もこの生活を続けられるのか?という疑問が湧いてきた。
夫に相談してみたところ「12月のボーナス貰って辞めたら?」と言われそうだよなと納得するも、いや、12月までも頑張れないかもという気持ちが強くなる。
9月末・・・いや、さすがに無理か。でもなぁ。
そんな状況で6月下旬、在宅勤務の休憩中にたまたま付けていた歌番組にキスマイが出ていた。
私が過呼吸を起こした日に脱退&退所を発表していた北山さんが、退所発表後初めての公の場だったそうで。
その表情があまりにも晴れ晴れとしていて(少なくとも私にはそう見えた)、私の中で踏みとどまっていた最後の一歩を踏み出す背中を押してくれたと言っても過言ではないと思っている。
うらやましい!私も早く清々しくなりたい!!!

そしてその翌日、6月29日、チーム長に9月末退職の意向を伝えた。
ボーナスよりも、早期退職金よりも、早くここから去りたかった。
昼休みに外に出ると世界が輝いて見えた。(おそらく真夏並みの日差しのせい)

つづく。

【おまけ】
退職の決断が一番大きなものだったけど、それ以外にも6月は今まで大事だと思っていたものをぶった切ってしまったのでメモ。

①30年来の友人
とある用途に利用されていて、自分勝手な都合に振り回されて疲れてしまった。過呼吸になった日、LINEが来ているのは知っていたけど未読のままにしていたら1時間おきに送信してきて完全に無理ってなって、「しばらくそっとしておいてください」と返信しブロックさせていただいた。
LINE以外の手段でも連絡は取れるはずだが、その後特に連絡もないので所詮都合よく利用されていただけだったのであろう。すっきり。

②大学時代の友人
短期留学に行った友人たちとはまあまあ仲良くしていたけれども、社会人になってしばらくした頃から自己肯定感が強すぎる人が多くて疲れるようになっていた。
加えて10年ほど前に集まった時に幹事をしてくれた子の金銭感覚にモヤっとして彼女が幹事の時には参加しないことにした。が、毎回幹事をしてくれるので疎遠になっていた。
たまにLINEでのやり取りが活発化する時があるのだが、6月に発生したやり取りを見ていたら、ふと自分には必要ないかなと感じそっとLINEグループから脱退した。
ブロックはしていないので個人的に連絡は取れるはずだが、誰からも特に連絡はないので、やはり自分の居場所ではなかったのであろう。すっきり。

ただの人望ない人みたいだけど(笑)
なんとなく断ち切れずにいた人間関係を自分の手ですっきりさせることができただけでも、自分的には進歩したと思っている。

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