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4期冒険報告

G100/02 コボルド討伐


オイ4日目も無事に生きてましたー。
半人前の称号も貰ってきました。


**************************

紫色の髪に、同じ色のふかふかの耳を揺らしながら、
裸足の半獣人が夕暮れの街を駆けて行く。

「ただいまぁー♪」

玄関に明かりがついているのを確認して、
オイが元気良く扉を開ける。

「おー、おかえり」

仕事用の机の前、回転椅子に座っていたサグが
振り返ってため息をつく。

「お前は、まーた怪我してきて……」

その言葉に、コボルドに切り裂かれた腕を見下ろしてオイが首を捻る。

「このくらい、舐めたら治るよ?」

「舐めるな舐めるな、今消毒してやるからこっち来い」

椅子から立ち上がり、薬棚から茶色い瓶を手に取るサグに、
オイが数歩後退りながら答える。

「やだよぅ。それ変な臭いがするんだもん……」

「ばい菌をやっつけてくれる臭いだ。我慢しろ」

適当な事を言うと、
じりじりと後退するオイの首輪をむんずと掴んで、
サグがその小さな体を軽々と引き寄せる。

傷は二箇所。どちらも軽傷といった程度だった。

顔を背けて、少しでも薬の臭いから逃れようとするオイに苦笑しながら
サグは手早く治療を済ませる。

包帯が巻かれて、臭いが薄れた途端、
オイがその大きな瞳をキラキラと輝かせながら言う。

「あのね、ボクね、はんにんまえになったんだよ!」

パタパタと落ち着き無くはねる尻尾が、その喜びを何より表現していた。

「お前が半人前なぁ……」

「すごい? すごい?」

薬瓶をしまう背中にしがみつかれて、
サグが仕方なさそうにその頭を撫で回す。

「あー、凄い凄い(1/3人前にも満たないような気がするけどなぁ)」

ぐりぐりと撫で回されていた頭をあげると、
サグの大きな手に包まるようにして、小さく首を傾げたオイが尋ねる。

「ねえ、はんにんまえって何?」

(……分からないのに浮かれてたのか)

心の中でため息をつきつつも、
サグは今夜も、いつものように根気良く、
その小さな頭と向き合うことにした。



G100/04 オーク討伐

サグ視点です。

**************************

深夜を回った頃、
ほんの少しふらつく足取りでなんとか自宅までたどり着く。

今日は、学校行事後の打ち上げがあって、
仲のいい教員同士でこの時間まで飲んでいた。

あ、れ……?

部屋には明かりもなく、真っ暗だった。

確か、オイは冒険に出る前
今日には戻ってくると言っていたはずだが……。

いやいや、予定が狂う事くらい、いくらでもあるだろう。
不意の、その、事態だとか……。

「――……っ」

嫌な想像をなるべくしないようにしながら、

オイに渡した鍵とまったく同じ鍵を鍵穴に挿す。

しかし、ガチャリと重い音を立てるはずだったそれは、
むなしく空回りした。

開いてる……?

ドアノブに手をかけようとした瞬間。
内側から物凄い勢いで開いた扉に吹き飛ばされる。

「サグっおかえりぃーーーっ!!」

元気良く飛び出してきたオイが、
きょろきょろと視線を彷徨わせた後、
地面に尻餅をついて顔を押さえている俺を見下ろし、首を傾げた。

「……あれ?」

「あれじゃないだろ!!!」

一瞬醒めかけた酔いがまた回ってくる。

ああ、いかん。こんな所でこんな時間に叫んだらご近所に迷惑だ……。

ぐるぐる回りそうな頭を支えつつ、何とかオイを部屋に押し込む。
戸を閉めると、オイに注意をしながらランプに火を灯した。

「お前、家に帰ったんだったら鍵は閉めろ」

「はーい」

まったく、返事だけはいいんだが……。
これでこの注意は3度目だった。

「あと、起きてるなら明かりくらいつけとけよ」

「う……うん……」

おや?

歯切れの悪い返事に振り返ると、
オイが少し離れたところから俺の持つランプを見つめていた。

なんだこの距離は。

ああ、もしかしてこいつは……。

「お前、火が怖い……のか?」

俺の言葉に一瞬ビクンとその尻尾までが逆立つ。

「う……ううん……そんなこと、ない、よ?」

全然説得力の無い返事を、肯定と受け止める事にして、
ランプを机の端に置いた。

なるほどな、それでいつも
夜はランプを置いているこっちの部屋に近付かないわけだ。

料理の最中に飛びついて来ないのもこれで納得がいった。

「また怪我してるじゃないか……。ほら、こっち来い」

よく見れば、オイの胸元には
赤い首輪とはまた違う赤さが残っていた。

そろそろ治療される事にも慣れてきたのか、
オイは大人しく消毒瓶を構える俺の膝に寄りかかってくる。

相変わらず消毒液の臭いには慣れないのか
必死で息を止めているオイを横目に、手早く治療を済ませる。

臭いが漂わないように、大き目の絆創膏で覆ってやると、
オイが小さく「ぷぁっ」と息を吐いた。

「終わったぞ」

「うん……」

治療が終わっても、オイは俺の膝に半分ほど体を預けたままだった。
いつもと少し違うオイの雰囲気に、なるべく、優しい声で問う。

「どうした?」

「あ……」

俺と目を合わせたラベンダー色の瞳が大きく揺れて、オイは慌てて俯いた。

「あのね、今日ね、サグがなかなか帰って来なかったから……」

俯いたままで話すオイの、ふわふわの耳が、羽が、小さく震えている。

「ボク……、サグが……クロみたいに帰ってこなくなったら……どうしようって……」

……まいったな。

「ああ悪かったよ。いや、なかなか抜けられないんだって、これがさ……」

しょうもない言い訳をしょうもないと思いつつ口にして、バンダナの上から頭をかく。

俺は一体いつの間に、こいつにこんなに懐かれたんだ……?
オイと過ごして来たこの半年を振り返る。

長かったようで、一瞬だったような、
あれこれ頭を抱える事は多かったけれど、
思い出すどのシーンにもこいつの笑顔があった。

俯いたままのオイの頭をそっと抱き寄せる。
途端に、わっと声を上げて泣き出したその背を、羽ごと繰り返し撫でてやる。

こんな傷をつけるような、自分より大きな相手と戦ってきて……。

俺ならきっと、怖くて逃げ出してしまうような思いを何度もして、
それでもケロッと毎回冒険に行くようなこいつが、
俺が帰って来ない事には耐えられないって言うのか……。

………………本当に、しょうがないな……。

俺は、泣き笑いのような苦笑を小さく浮かべると、
オイに聞こえないくらいささやかなため息をついた。


G100/05 人型の怪物討伐

5月に、オイが「弓術入門者」の称号を貰って帰って来ました。
しかしオイは弓を持っていません(ぇ

というお話(ぇぇぇ?
前回と同じくサグ視点で。

以下SS↓↓**************************

「これ、こないだと同じコボルドにやられた傷じゃないのか?」

「うん、コボルドだった」

「今回は人型退治じゃなかったのか?」

「うん。けどコボルド出てきたよ?」

「ふーん」

そういうもんか。と適当に相槌をうちながら包帯を巻き終える。
確かにコボルドと一口に言っても
犬型やら爬虫類型やら妖精型やらあるもんな……。

「ほら、もういいぞ」

怪我をしていない方の肩をぽんと叩いてやると、
弾かれるようにオイが立ち上がって、そのぺたんこの胸を張る。

「あのねっボク今回きゅーづつぬーもんちゃになった!!」

「……もう一回言ってくれ」

「えっと、くーづつぬーもんちゃ。う? きゅーじつぬーもんしゃ! あれ?」

何が言いたい……。

赤い顔をして、必死で言い直していたオイが、
諦めたのか一枚の紙を差し出してきた。

そこには『弓術入門者』と書かれていた。

「ああそうか、お前弓使いだったな」

そこまで言って、ふと、オイの弓を見たことがないのに気付く。

「……お前……弓使い、なんだよな……?」

俺の問いに、オイは首を傾げて答えた。

「弓?」

「ちょっと待て! じゃあお前、今までどうやって攻撃してたんだ!!」

「うう? えーと、こー、ひゅーんて」

的を得ない擬音での返事に今度は俺が首を傾げる。

「……どういう事だ? 弓は使ってなかったのか?」

それでどうして『弓術入門者』になれるんだ。

「冒険ギルドの人が、弓に丸をつけたんだよー」

「……勝手にか」

「ううん、今まで何してましたかって言う質問で、
 ボクがね、山で動物を捕まえて食べてましたって答えたらね、
 それじゃあって……」

それでこいつの前職は猟師だったのか……。
そりゃ単に自分の食料を狩ってただけだろうが。

「それで、冒険ではどうやって敵を倒してたんだ」

まさか、見てるだけって事も無いだろうが……。
その爪で直接ガリッと……?
しかし、それで『弓術入門者』なんて称号が貰ってこれるんだろうか。

俺は、オイが気にしていつも隠している手に視線を落とす。
筒状に、手を完全に覆う形で巻かれた布。
そこには、大きなつめの生えた手が隠されている。

人間らしくないから。人間に怖がられるから。と
はじめは俺にも見せようとしなかった手だ。

手の指が5本でないこともコンプレックスのようだった。

オイの指は、足も手も4本だ。

いや、5本目の指もあるにはあるんだが、
手のひらから少しずれた手首の辺りから生えている。

「えっと、じゃあやって見せるね」

トトト。と部屋の真ん中へ進むオイ。

「危ないからね、サグは動いちゃダメだよ?」

「あ、ああ……」

何をしようというのか。

オイは、自分の尻尾を大きく反らせると、
部屋の壁目掛けて、勢い良く振った。

ヒュッ。

風を切る音が耳に残る。
と同時に、トスッと小さな音を立てて、
木の壁には紫色の針のようなものが刺さった。

決して細くない、そう、俺が頭に差しているボールペンと
同じほどの長さ、太さのある針が
深々と木の壁に食い込んでいるのを唖然と見つめる。

「分かった?」

なんて事無さそうな顔をして、首を傾げているオイを見下ろす。

「ああ、分かっ……た……」

俺の返事に、紫色の生き物が大きく動揺する。

「……こ、怖かった…………?
 ぼ、ボク、もうしないよ!! あの、ええと……」

あわあわと取り乱すオイの頭を撫でる。

「いやいや、すごいなと感心していただけだ」

やはり、その毛はふかふかしていた。

尻尾も、うっかり踏んでしまった事があるが、
そんなに硬い針が仕込まれているようには思わなかったがなぁ……。

「そ……そっか、よかったぁ……」

オイが心底ホッとしたように胸を撫でおろす。

正直なところ、得体の知れないものへの恐怖もあったが、
それでも、この小さな生き物が自分に危害を加えるつもりが
無いことだけは良く分かっていた。

「それじゃ、飯でも食うか」

そう言って、オイの頭から手を離す。
耳の辺りを撫で回されて、
ふにゃんと夢見心地になっていたはずのオイが、
壁に刺さっていた針に俺が手を伸ばした途端、鋭く叫んだ。

「触っちゃダメっ!!」

「え……?」

すんでのところで手を引っ込める。

良く見れば、その針の表面には鋭い鱗のような物がびっしり並んでいた。

これは、一度刺さったら抜けない。そういう針なのか……。

「あぶないよー、サグ。ボクが抜くからね」

隣から、オイがひょいと手を伸ばして難なく抜き取る。

大きな爪と爪で挟まれた針。それは確かに
人間がおいそれと触っていいようなものではない、凶器の姿をしていた。

一瞬背筋が冷たくなる、
その気配をオイに悟られないように、針から視線を外す。
すると、壁の向こうに見えないはずのものが映った。

「うわ! これ向こうまで貫通してるじゃないか!!」

それなりに厚みもあるはずの木の壁は、まるで覗き穴のように
その向こうの景色が丸く刳り貫かれている。

「お前、ちょっとは手加減しろよ」

俺は、じんわり滲んでくる冷や汗を隠しながら、
片手でぐりぐりと薄紫の頭をかき回す。
すると

「ぇえー。ボク手加減したもん」

と不服そうな声が返ってきた。

これでかよ……。

「PTの皆はね、ボクより、もっともっと強いんだよー?」

オイの攻撃が浮かないどころか目立たないとは……。
まったく冒険者ってやつはどういう世界に生きてる連中なんだ?

そう思ってから、この小さな少年を
そんな世界に入れてしまったきっかけが自分である事を自責する。

……こんな……。
こんな厳しい場所だと知っていたら、
あの時こいつに冒険者なんて勧めなかったのにな……。

俺の半分の肩幅も無い、小さなオイの肩に見える
自分が巻きつけた真っ白な包帯。

そこに微かに滲んだ赤が、酷く胸に痛かった。


G100/06 人型の怪物討伐


全身火傷だらけのオイを前にして、俺は盛大にため息をついた。

「いいか? 火傷ってのはな、
 体表の20%を超えるとショック死するんだぞ?」

(……まあ、2度以上の場合だけどな)

オイは、大人しく椅子に座ったまま「ごめんなさい」と小さく謝った。

素直な謝罪の言葉が、俺の胸を小さく軋ませる。

はぁ。
もう一度小さくため息をついて、その小さな頭に手を伸ばす。

俺の手のひらにすっぽりとおさまってしまいそうなほどに小さな頭。

大爆発に巻き込まれたらしいオイの身体前面は、
どこもかしこも1度以上の熱傷を負っている。
仕方なく、その後頭部を傷に響かないようそっと撫でた。

下っ端オークから受けた軽傷も、治療は終えている。

いつものように、怪我をしていたのは
人に化けている、肌がむき出しになった部分だった。

「まったく……。毛皮に覆われてる部分なら怪我も軽いのに、
 何でわざわざ腕やら足やら出してるんだお前は」

「だって……。つるつるのとこが見えてないと、
 その……人間に見えないでしょ?」

なんだか言いにくそうにぼそぼそと返事をするオイ。
こいつは相変わらず、自分が人間に見えていると思っているらしい。

とはいえ、『お前はどこからどう見ても人間には見えん』と言ってしまえば
こいつはショックでうちを飛び出しかねないような予感もする。

ふと視線を落とした床に、オイのふかふかな足が見えた。

「……足はむき出しじゃないか」

俺の言葉にオイがあわあわと説明する。

「足は、ほら、こういうえーと……なんだっけ。く……く……くく?」

「何が言いたいんだ。靴か」

「うんそれ! に、見えない……?」

はぁ、なるほど。

こいつが足首にだけぐるぐると包帯を巻きつけて出かけるのは
人肌部分と毛皮部分の継ぎ目を隠すためか。

いや、全然見えないけどな。靴には。

喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで、
床から顔を上げると、オイが一冊の本を差し出してきた。

「何だこれは」

「ええと、ぎょくありふれたまほーしょ。だって」

"ごく"ってそんなに言い難いか? "ボク"と似たようなもんじゃないか。
そんなことを考えながら、
『ごくありふれた魔法書』とやらを受け取ってみる。

「で、これで俺に何をしろと」

まさか読んでくれとか言うんじゃないだろうな。
魔法書なんて、こいつが読んでどうするんだ。

半眼で紫の毛玉を見下ろすと、オイはその大きな瞳を輝かせて言った。

「サグにあげるっ♪♪」

「………………は?」

「あれ? サグ、本、好きでしょ?」

そう言ってオイが視線をやったのは、俺の医学書が詰まった本棚だった。

「いや、なんつーか、あれは好きで……」読んでるわけじゃないんだが。と
続けようとする俺を不安そうに見つめる紫色の瞳。

……まあいいか。
魔法書の1冊2冊本棚に増えたところで困るわけでもない。

「ああ、ああ。ありがとうよ」

俺が苦笑を返すと、オイが心底嬉しそうに微笑んだ。

「しかし、魔法書なんて珍しいもん、
 他に欲しいって奴は居なかったのか?」

「えとねー。ごくありふれたぎょふをもらってた人がいたよ」

"ご"が言いにくいのか。時々"ぎょ"になるみたいだな……。

「って、『ごくありふれた護符』!? お前、そっちを貰って来いよ!!」

「え? そうなの?」

オイがくりっと首を傾げて……傷に響いたのだろう。
痛そうにほんの少し顔をしかめた。

「ボクには、サグが付けてくれた手袋があるからいいよ」

冒険者を始めて4ヶ月程経った頃、
オイが『とても質の悪い手袋』を持って帰ってきた。

どうやら、話によると
オイが手を隠して使おうとしないのを見ていたPTの誰かが
こいつに手袋をあてがってくれたらしい。

そうすれば、隠さずともすむと思ったのだろう。

『大人用だから、オイ君には大きすぎるかもしれないね』と
優しい誰かに渡された手袋をはめるには、
オイの手は大きすぎた。

それでも、何とかして手袋を装備できない物かと
尻尾を突っ込んでみたり、角に被せてみたりと悪戦苦闘するオイに、
俺が腰のベルト部分に括りつけてやったのが先月の事だった。

けど、手袋じゃ防御力の足しにはならないだろう。

「いいか?次に、装備できそうな防具が出てきたときには、
 なるべく貰って来いよ?」

「んー……」

「……返事は?」

「…………」

どうやらこの紫の毛玉は、納得がいってないらしい。
俯いた姿勢で、その大きな耳を伏せている。

……ずっと下を向いていると、焼けた顔が痛むだろうに。
そう思うとまた胸が小さく軋んだ。

「でも、ボク……」

「……何だ」

思ったより不機嫌そうな声が出てしまった。

こいつには、どうも自分を大切にしようという姿勢が足りない気がする。

俺が、それをどれだけ心配してるのか、
どれだけそれにやきもきしているのかも、きっと分かっていないんだろう。

俺が……毎日、どんな思いでお前を待っているのかも……。

「ボクね、サグがつけてくれたこの手袋見たら、
 痛いときでも元気になれるんだよ」

そう呟いて、オイがその顔を上げる。

「だからね、ボクにはこの手袋が一番のお守りなの……」

顔を上げたオイの瞳が、緩やかに潤む。

「――……っ」

途端にこちらの顔が熱くなる。

返す言葉がみつからないまま、オイの顔を見つめていると

「あれ? サグも顔赤いよ? 痛い……の?」

と、オイがその手をそうっと伸ばしてくる。
反射的にそれを振り払いそうになった自分の手を精一杯止める。

オイの手を、あの鋭い爪を下手に振り払ったら、俺が怪我をする。

そうなった時に傷付くのは、俺じゃなくてオイだ。

慌てて椅子から立ち上がって、

「火傷じゃない。大丈夫だ」

と背を向ける。

「そうなの? それならよかった……」

途切れた会話に、ほんの少し気まずい空気が漂う。

……マズイ。

一度背を向けてしまうと、
どのタイミングで振り返ればいいのかわからなくなったぞ。

「あのな……」

俺は、とにかくこのよどんだ空気を打破すべく強引に口を開いた。

「て、手袋は、お前がそう思ってるなら付けてればいい……」

なんだかまた顔が熱くなってくるのを気付かないフリでやり過ごす。

「あと、別にオイに触られたくなかったとかじゃないぞ」

これは、言っておかねば。

いつもふにゃふにゃ笑ってるワリに、
どうもこいつはそういうところを気にするみたいだからな。

「ホント?」

「ああ」

「じゃあ、サグにぎゅーってしてもいい?」

「……お前、火傷の事忘れてるだろ」

「あ、そっか……」

ちらと視線を落とす。

足元でしょんぼりしょげている紫の毛玉が急に可愛らしく思えて、
傷に障らないよう、その小さな背中を羽根ごと包んでやる。

(まあ、これなら顔も見られないしな……)


G100/07 オーク討伐 


クロを小屋で待ち続けた3年の間、
オイはずっと一人で狩りをして、
一人でご飯を食べて生活していたんだろうなぁというお話です。

今回は珍しくオイ視点で。

以下SS↓↓**************************

スッカリ遅くなっちゃった……。

今日は、『南の方に少し行ったあたりの遺跡』って話だったから
日帰りできるかなーって思ってたんだけど、
もう日付が変わっちゃったなぁ……。

「……サグと一緒にお夕飯食べられるかなって思ったのに……」

しょんぼりな気持ちが、ボクの足を遅くする。
ダメダメ。早く帰らなきゃ。

今日帰るよって言っちゃったから。
きっとサグが心配してる。

ボクがちょっと怪我するだけで、サグはスッゴイ心配するんだ。
酷い怪我だと、ボクよりサグの方が痛そうな顔してるんだもん。

けど、怪我を隠すともっと怒るんだ。
だから、今日狼とオークに切られたところも、ちゃんと見せないと……。

『ボク、今日は誰よりも先にオークチーフを見付けたんだよ』って
言ったら褒めてくれるかな?

頭撫でてくれるかな?

サグはあったかくて、お日様の匂いがするんだ……。


走っても、ほとんど音がしないふかふかの毛に覆われた両足で
いっぱい地面を蹴って、ボクは家まで戻ってきた。


家にはやっぱり灯りがついてたけど、
もしサグが寝てたときに起こさないようにと思って
そーっと鍵穴に鍵を挿す。

ほんの少しだけの音で、カチャンと鍵を回すと、中からサグの声がした。

「遅かったな」

「ごっ。ぎょめんなさい」

うう。また『ご』が『ぎょ』になっちゃったよぅ……。
サグ、時々ボクの事からかうから、
サグの前で失敗するの嫌なんだよね……。

部屋に入って扉を閉める。
あ。鍵も閉めなきゃだったよね。

カチャンと鍵をかけると、
向こうでカチャカチャと食器の音がしているのに気付く。

振り返ってみると、サグがボクのご飯を用意してくれていた。

「あれ? お皿が2つずつ……」

「ああ。もー腹ぺこだよ」

こっちを振り返らないまま、サグが疲れた顔でご飯をお皿に分けている。

「食べないで、待っててくれたの……?」

「まぁな」

あ。今サグの口がにこってなった!

途端に嬉しくなって、尻尾が勝手にパタパタ揺れる。

「こらこら、これから飯だってのに埃たてんなよ?」

「はーい……」

尻尾に意識を集中させて、パタパタを何とか抑える。

ううー。むずむずするよぅー……。

「あっお前また怪我してるな!?」

「あ……」

言うの忘れてた……。

「怪我してるときは帰ってすぐに言えって言ってるだろーが」

「はーい……」

口調よりずっと優しい仕草で、サグがボクを引き寄せる。

ボクの右腕をなんだか大切そうに持ち上げて
傷口を確認しているサグの身体に、鼻を近づけてみる。

やっぱり、お日様みたいな匂いだ。

そのままそうっと左肩からサグに寄りかかってみる。

サグはちょっとだけボクの事を見て、それからまた傷口に視線を戻した。

目を閉じてみる。


サグの傍はあったかいなぁ……。


いい匂いで、ぽかぽかしてて……何だか……。


……眠く……なって……くる…………――。


近くにいるはずなのに、
すごく遠くでサグが何か言っている声が聞こえたような気がした。


*************

「おい」

静かな声がボクを呼ぶ。
毛に覆われたボクの耳が、その声に反応して小さく震えた。

感情の全てを押し殺したような、その声の主が、
本当は優しい事をボクは知ってる。

「なぁに? クロ」

小さく首を傾げて返事をする。

「そろそろ夕飯にしよう」

見れば、机の上には2人分の食事が並べてあった。

ボクは、クロがボクのために用意してくれた
ふかふかのベッドから身を起こすと、
ひとつ伸びをして、それから身を振るわせる。
ちょうど毛が生え変わる時期で、
ボクの長い毛がパラパラとそこらに散った。

またクロが、ほんのちょっと困った顔をしてお掃除をするんだろうなぁ。

なんだか申し訳なくなって、床に落ちた毛を前足で軽く集める。

そんなボクを食卓から眺めていたクロが小さく呟く。

「気にするな」

顔を上げると、クロの口元が少しだけ弛んでいる気がして
何だか急に嬉しくなった。


なるべく小さく羽ばたいて、机の上に着地する。

クロのご飯からはほかほかの湯気が出ていたけれど、
ボクのご飯は、いつもクロがちゃんと冷ましてくれるので熱くない。

「食べようか」

クロの声に「うんっ!」と元気良く返事をして、
ボク達はいつものように2人だけの食事を始める。


*************


「オイ! オイって!!」


なんだろう。
ボクを誰かが一生懸命呼んでる。


「起きないなら、もう一人で飯食っちまうぞ」


え……。

そんなの嫌だよ!!

一人でご飯食べるのは、淋しいよ……。


誰かと、一緒がいい……。


クロと一緒がいいよ!!!


「クロっ!!」


目を開けたら、サグが吃驚した顔をして僕を見つめてた。


「……お前、こんな一瞬の間に夢まで見てたのか?」

「夢……?」


きこえないくらいに微かなため息が聞こえる。

ボクの耳でなければ、聞こえないはずのため息が。


サグにみつからないように、そうっと目だけでサグの顔を見上げる。
片手で頭を押さえてるサグの横顔は、とても悲しそうだった。


サグのため息は2種類あるんだ。

ボクに聞かせるためのため息と、聞かせたくないため息。


この小さな小さなため息は、
本当はボクが聞いちゃいけない物なんだろうな……。

だって、そんなときのサグは、いつもすごく辛そうなんだもん。


「ほら、食べるぞ」

サグの、ちょっとだけ不機嫌そうな、優しい声が降ってくる。

「うんっ」

ボクの尻尾が、また踊った。



G100/08 人型の怪物 


どうにもオイに死亡フラグが立っている気がするので
今日の結果が出るまでにと慌ててあれこれ上げてます(汗)

今回はいつも通りサグ視点で。
そしたらオイの過去回想が入れられなくなったので
過去部分は断片として別記事で上げちゃいますね。

以下SS↓↓**************************

カチャリと静かな音を立てて扉が開く。

そのあまりの静けさに嫌な予感を感じつつ振り返ると
そこにはポタポタと鮮血を滴らせるオイが、
立つことでさえも辛そうに、ドアノブに寄りかかっていた。

「ただ……いま……」

「無理して喋るな」

血の気の失せた顔を必死で上げようとするオイを制して
ヒューヒューと音を立てて荒い呼吸を繰り返すその小さな体を
慎重に抱き上げる。

肩から腹まで大きく裂かれた傷から、赤い雫が今も染み出している。

裂傷は3箇所。残り1箇所は鈍器で殴られたような痕だった。

こいつの毛の色とはまた違う、沈んだ紫に変色したその肩を触診すると
オイが言葉にならない声を上げて身を強張らせた。

……これは砕けてるな。

まずは裂傷の止血を手早く済ませる。
縦に大きく切り裂かれた傷は、範囲こそ広いものの、
内臓に損傷はなかった。

その事にホッとしつつ、不自然な角度に曲がりかけている肩に
もう一度目を向ける。

解放骨折でないだけマシか……。

微かにため息をつくと、その肩に手を添えた。

「ちょっと痛いぞ。我慢しろよ」

視点の定まらないような虚ろな瞳で俺を見上げたオイが、
次の瞬間、目を見開いて啼いた。

肩を正しい位置に戻すと、完全に固定する。

俺の手には、熱く腫れ上がったオイの体温と、
その中で動く骨の感触が、やけに鮮明に残った。


「……っお前、こんな大怪我のときは、
 無理せず他の冒険者に肩でも借りて帰って来いよ……」

「うん……けど皆もボロボロだったから……」

こいつが遠慮するほどの怪我を全員が負ってたって言うのか……。

「ひとり、死んだよ」

オイが、静かにぽつりと漏らす。

ベッドで横たわるその顔は、ただ真っ直ぐ天井を見つめているようで、
そこから感情を読み取る事は出来なかった。

「……今回は『あやふやな情報』だったんだよな?」

「うん、けど『信頼できる情報』のときも女の子が1人死んでたよ」

なんだそれは。初めて聞く内容だぞ。

「いつの話だ」

「えっと……2回目の冒険のとき。 若い女の子だった」

「…………そうか……」

なんとかそれだけ言葉を返して口を閉じる。

……怪我だけで済んだオイはまだ運がいい方……だったのか……。

こいつが冒険に出る度に、ハラハラしながら帰りを待つ。

それが日常になっていた。


しかしこの当たり前になってきた日々は、
いつ終わったっておかしくない、そんな儚い物なのだと
今、ハッキリ思い知らされた気がした。


「……次の依頼はどうなんだ。もう依頼書は貰ってきたんだろ?」

つい不安が先走る。

あまり目安にならないと分かっていても、
『信頼できる情報』なら、きっと少しはこの不安も治まるかもしれない。

祈るような気持ちで尋ねると、
オイが天井をぼんやりと見つめたまま答えた。

「来月は、『うさんくさい情報』で怪物討伐だよ」

「うさ……んくさい情報……だと!?」

「うん」

「お前、今までそんなの貰ってきた事なかっただろ!!」

「うん。はじめて貰ったよ」

そんなもん受け取るんじゃねーよ!!!!!!!!

喉元まで出かかった叫びを飲み込む。
怪我人を怒鳴りつけても仕方ないだろ。

今さらだ。

一度受け取った依頼は変更できない。
冒険者達には選択の余地なんか無い。

…………なんでそんなシステムなんだよ……。


噛み締めた唇から、部屋に漂っているのと同じ、鉄の匂いがする。


オイを見つめる。
疲れの色が濃く映っている、虚ろな瞳。

紫色の髪から覗く、ふかふかの耳が
浅い呼吸に合わせて小さく上下している。


「――……絶対、帰って来いよ」


そんな約束、させたところで何の役にも立たないことは分かっていた。

分かっていたけれど、それでも抗えずに、俺の口から言葉は零れた。


「うーん……」

オイが困ったように言葉を探している。

「なるべく戻るよ」


そう答えた途端、オイの様子が変わった。


「………………あ……」

「どうした? どこか痛むか?」

鎮痛剤は、もう効き始めているはずだった。

「ううん……」

驚きに目を見開くような表情をしたオイが
じんわりと嬉しそうに目を細める。

今日、はじめて見るオイの微笑み。
それは、俺ではなくどこか遠くへ向けられた物だった。

「……ボク、クロの気持ち、わかった」

「は?」

「ボク、ね、ずっと……こわかったの。
 待ってる間、ずっと……」

ぽつり、ぽつり、と遠い目をしたままオイが話しだす。

「もしかして、クロは、ボクが人間じゃないから、
 小屋に戻ってこないのかな……って」

ああ……成る程な。
こいつが、人間でない事を必死に隠そうとする理由はここか。

「だから『3年経っても帰って来なかったら、
 もう待たなくていい』なんて言ったのかなって……」

「そんなことっ」無いだろ。と
続けようとする俺の言葉をオイが優しく遮る。

「けど、違ったんだ」

オイが、こちらを見ようとする。
慌てて立ち上がり、ベッドの上に顔を出す。

オイの大きな瞳が僅かに潤んでいる。

「ボクね……ボクが戻らなかった時に、
 サグがボクの事ずっと待ってたら……悲しいよ」

本当に、心の底から悲しそうな顔で見上げられて、激しく動揺する。

「な、何を言い出すんだ。俺は、帰って来いって言って……」

「うん。出来るだけ、帰ってくるね」

にっこりと俺の目を見て微笑んだオイの笑顔が、
今にも壊れそうなほど儚く見えて、
俺は、なすすべもなく、その場に立ち尽くした……。




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