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【過去文章の再掲載】事実を基にした長編ドラマ映画、『Spotlight』

(以下の文章は、2015年11月29日に余所で書いたものの、再掲載)

今年のサンクスギビングは久々に、連休気分を楽しめた。

別に休みであっても、パソコンとWifiさえあればどこからでも仕事は出来るし、頂いた質問や連絡などにはすぐに返すようにしているが、連日で映画を見に行ったり外食に出たりすると、「対応は、まあ明日でいいや。」という気分になりがち。

おかげで連休明けの月曜は、かなり忙しくなりそうだが、それでも一番仕事をさせられていた時期の半分の作業量にも満たないので、激務というのを一度は経験して良かったとは思う。もう二度とゴメンだけど。

で、来年のアカデミー賞をかなり獲るのでは、と前評判の高い「Spotlight」を見てきた。

これは本当に、面白かった。

神父が教会に来る多数の子供たち(それも思春期に入ったばかりの12歳や13歳が主)に性的虐待をしていた、というカソリック教会最大のスキャンダルを、証拠を片っ端から揃えて特集記事として世間に発表した、東海岸の老舗新聞ボストングローブ(発行部数は平日が約25万部、日曜版が約40万部)の報道チーム(その名も「スポットライト」)に焦点を当てた作品。

記事は2002年1月6日に発行され、その確固たる証拠の数々の提示により、大反響を呼び、自分も虐待を受けていたという相談電話がボストングローブの報道チーム宛にしばらく鳴りやまず、カソリック教会が世界的な非難に晒された、歴史的な一件でもある。

実際の記事はボストングローブのウェブでも掲載されており(5記事までなら無料で読める)、試しにこの件の第一報を読んでみたら、映画の中で描写されたままの記事内容だった。

1行単位で何らかの証拠が引用されていて、それが何十行と続く。

犠牲者の言葉の数々は、生々しい表現に満ちていて、胸糞が悪くなるが説得力は多大なもの。

元々リアル志向のドラマを堅実に撮るトム・マッカーシー「扉をたたく人」や、カールじいさんの脚本家としても有名)監督作だけあって、過剰なドラマ性やヒロイズムは抑えられており、報道チームと共に事件の真相を追っていく臨場感が素晴らしかった。

純粋に真実を求め、自分の足で時間をかけて取材し、ペンとメモ帳を自宅に居ても手放さず、結果を出す為の努力を一切惜しまない、本物のプロの記者の行動の数々を、誇張せず淡々と見せている。

何でもかんでも手軽にインターネットから拾い、ロクな裏付けもせず、それらを真実とばかりに誇張する今のメディアや、さらには情報をきちんと掘り下げない現代人をも、痛烈に皮肉っているとも捉えられる程だ。

役者たちの演技はいずれも素晴らしく、主人公を演じたマイケル・キートンは昨年の話題作バードマンに続いて絶好調で、女性記者役のレイチェル・マクアダムスなども過去のコメディアンなイメージ(日本未公開だったエロバカコメディ「The Hot Chick」顔芸をしたりホームレスをボコってたイメージが私には強い)を覆す存在感だった。

実際の記者たちも映画内の風貌に近く、事件追跡の中心に居た3名がニュース番組にゲスト出演した際のトークを見ていると、マッカーシー監督は現実で起こった場面に限りなく近づけようと、彼らに対しても相当量の取材を行ったのが窺える。

事の発端は、フロリダから来てグローブ紙に新しく勤務したマーティン・バロン(最近、新聞のデジタル化についても深い洞察を書いた、ベテラン編集者)がローカル紙の小さな記事に目を付け、カソリック教会のスキャンダルをもっと調べる必要があると会議で提示したところから。

ボストン市内ではカソリック教会が不可侵なものとして認識されていた為、そもそもこのスキャンダルを掘り下げるという視点が抜け落ちていた。これは、他州から来たバロンならではの、目の付け所だろう。

そして報道チームが、事件を掘り下げるための資料を発見していくうちに、児童虐待をしていた疑いのある神父の名が1人だけでなく13人、それどころかボストン市内にいる1,500人の神父のうち6%以上(=90人以上)に不審な経歴がある事が判明し、事件の全容が不気味に拡大していく流れは、一級の推理小説のようでもある。

しかもこれが事実なのだから、恐ろしく、それでいて面白くないわけがない。

この件が煮詰まる最中、911が突如発生し、報道チームは一旦事件の追跡を保留されるが、結果的にそれが記事内容をより深く掘り下げ、説得力のあるものへと完成に至ったのでは、と思える後半の怒涛の展開が、また見事だった。

例年通り今年も100本以上見た長編映画の中では、今のところ一番緊張感があって、最初から最後まで惹き込まれっぱなしだった。

常に良質の作品を撮り続けているマッカーシー監督作の中でも、文句なしに一番のデキで、日本公開がまだ未定なのが本当に勿体無い。

一見、地元紙の報道チームの活躍という地味な題材ではあるが、熱い演技、めまぐるしいストーリー展開、無駄のない編集に、終始力強い絵面と、映画好きなら必ず響く要素の塊だと、個人的には思う。

アカデミー賞の作品賞や監督賞が手堅いし、そうすれば確実に話題作として宣伝されるだろうから、その時には是非、この文章をここまで読んだ情報に貪欲で、根性のある人には見て欲しい。

尚、この作品に関する批評を読んでいると、今から40年近く前の名作「統領の陰謀(All the President's Men)」に匹敵する、という論調をたくさん見かける。

古い映画にはなかなか食指が動かないが、各種記事を読んでいるうちに興味を持ったのでeBayやAmazonで中古を漁ったら、$5前後でDVDが売っていたので、さっそく注文した。古い作品を、手軽な値段で入手できる今の時代は、やはり有難い。