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【2016年12月】長編映画の短い感想

文章最後の「★」は最大4つの、アメリカの新聞方式

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War Dogs [RT]:
 エフレイム・ディヴァロ(Efraim Diveroli)とデイヴィッド・パクオズ(David Packouz)という名前を聞いて、彼らの仕事が何なのかを即答できるひとは、かなりアメリカの軍事に関する事情を追っている証拠だと思う。簡単に言えば、2005年から2008年の間に、国防省に武器を売りつけていた、武器商人。
 アニメ版が原作を超えた「ヨルムンガンド」もそう言えば武器商人の話しで、「この世から武器がなくなると、本当に思うか?」から始まる名言が印象深かったが、(fbo.govなどを駆使して)アメリカ国防省を顧客として狙ったディヴァロは当時まだ20歳にも満たなかったらしく、それでも攻めの一手で武器を売りまくり、かなりネジの外れたやり方で、若くして大金持ちになった人物だ。
 結局彼らのビジネスが終焉を迎えたのは、安く買い取った中国製の武器をリパッケージし、堂々と新製品としてペンタゴンに売っていたのがバレたからで、2008年にFBIの監査が2人の会社「AEY Inc.」に入り、直ちに取引停止。
 パクオズは罪が軽かったので7か月の自宅謹慎となったが、ディヴァロはやった事が真っ黒過ぎた為、2011年に逮捕され、4年間の刑務所行きとなる。
 という彼らの顛末を、ハングオーバー・シリーズで名を馳せたトッド・フィリップス(Todd Phillips)が監督し、集客を見込める俳優として名高いジョナ・ヒル(Jonah Hill)と、脇役俳優として堅実に人気を得ているマイルズ・テラー(Miles Teller)を主役に添えて、ドラマ化。
 何しろ撮影時、当のディヴァロは堀の中だった為、当人への取材などは敢行せず、彼の自伝「Once a Gun Runner」を頼りにストーリーを組み立てたというのだから、出所したディヴァロにいきなり起訴されていたりもするが、映画自体は非常にテンポ良く進み、信頼と裏切りが交差する、奇妙な男の友情ドラマとして、非常に見応えがあった。
 その辺は、ハングオーバー・シリーズ等で見せ方の巧さを身に着けた、この監督の手腕が存分に発揮されている。元ネタが事実なので、観ながらこう、エーこんなこと実際にあったのかよ、みたいなノリで、最後まで楽しめる。
 あと個人的には、デイヴィッドを演じたマイルズ・テラーの好演が印象に強く残り、一時期の私みたいな優柔不断さに、妙に感情移入をしてしまった。奥さんと揉めるシーンなんかが、特に面白い。
 別に何か賞を取ったりするような作品では無いし、イビツな箇所も目立つのだけれど、急激な周囲の流れに振り回される若者たちを面白可笑しく描いた「事実ベースの」コメディとして、私はえらく気に入って、3回ぐらい観てしまった。(★★★1/2)

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Don't Think Twice [RT]:ここ2年ぐらいでメインキャストとしての人気を固めてきているキーガン・マイケル・キー(Keegan=Michael Key)の主演作。彼以外の俳優は無名で固められており、スタンダップ・コメディアンとして長年活躍してきたマイク・バービグリア(Mike Birbiglia)の初監督・脚本作なのだが、ロッテントマトスでの異様な評価の高さが良く分かる内容だった。バービグリアさん本人がこの作品の登場人物たちのように、メジャーには成れないけど気の知れた仲間同士で、小劇場で特定のお客さんに向けて芸を披露している、との人物で、それらの経験と背景が、この作品に魅力的に封じ込められている。舞台はニューヨークだが本当にこれ、そういう、下町の人情話的な作品なのよ。丁度そういうのが観たいと思っていた自分にはピッタリだったし、作中のキャラクターたちの心理や空気感など、私もやけに共感できた。(★★★)

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The Mermaid(美人魚/人魚姫) [RT]:チャウ・シンチー監督の長編、アメリカではカンフーハッスル以降、殆ど公開どころか注目すらも浴びなくなった感が強かったので、春ぐらいにズートピアの裏でひっそりと、これが限定公開されたという情報を聞きつけた時は、何だか妙に懐かしい気分になってしまったものだ。アメリカドルに換算すると6,000万(約60億円)もの巨額の制作費の10倍を回収するほど、本国では興行収入記録を塗り替えたとの事で、内容的には正月映画そのもの。ひたすら騒がしく、バカバカしく、無駄に壮大で、ブサイクだらけで(美男美女にも変な特殊メイクを施す)、割とバイオレンスで(血が派手に飛ぶ為、アメリカではR指定)、でも一応のトコには着地する、星馳監督のテイスト全部乗せ。これは日本映画では絶対にムリ。枝葉末節という言葉に限界を感じる程、今年観た中での視覚的インパクトは、絶大だった。(★★1/2)

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Midnight Special [RT]:ここ5年ほどで気鋭のSF若手監督・脚本家として注目されているジェフ・ニコルス(Jeff Nichols)が落としてきた、これまたミニマルな傑作。こちらの日本語記事が長文ながら、本作の魅力を非常に巧く伝えているので、正直、私の意見よりもそっちを参考にしてほしいぐらい。私はこの監督名を、静かに迫る世の終わりを謳った「Take Shelter」で強烈に印象付けられたが、あれと同様、藤子・少し・不思議、を求めるならば、人種問題に踏み込み来年のアカデミー候補狙いが明確な「Loving」(勿論、こっちも非常に面白かったが)よりも、スピルバーグの名作「未知との遭遇」へ恐ろしく正直な敬意を払ったこちらを、私は積極的に勧めたい。(★★★)

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Sing Street [RT]:これを一緒に観たひとも、「やっぱ形から入っての影響よね!」と感銘を受けていたように、音楽やバンドに影響されやすい若者をここまで、馬鹿正直且つ面白く魅せてくれたのは、これが初めてかもしれない。多分これを自分の権威を示したくて今年のベストに挙げる、頭の本当に悪い、心底マジで、死んでくれ頼むから、おまえら生きてて恥ずかしくないの、な自傷もとい自称クソワロタ評論家が大挙するのを覚悟で、私もこれを好きな作品として、挙げたい。時代は違えど、音楽を交えての青春を、真っ直ぐに映してるのだもの。そこには、どんなヒネた心すらも、浄化してくれる魅力がある、かもね。(★★★1/2)

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The Witch [RT]:17世紀を舞台に、ニューイングランド(北東部の6つの州を統合したエリア)の山奥に追いやられたピューリタン(清教徒)の一家が、魔女や悪魔に関わる奇怪な出来事に遭遇していく、追い詰め系ホラー。アメリカ人監督のロバート・エガーズ(Robert Eggers)は、まだ30代前半の若さながら、人間を心理的に追い詰めていくジワジワした恐怖を演出するのに優れているからか、本作は近年稀に見る骨太さと緊張感を持った、受け手の内面に迫るホラー映画に仕上がっている。「17世紀のアメリカ」「北東部の山奥」「黒魔術」「オカルト」「サバト」といったキーワードに、危ない魅力を感じるならば、超お勧め。ハッキリ言って、映像部分だけで、楽しめると思う。特にラストシーンの儚げな美しさと不気味さは、何十年とホラーやサスペンス映画を見てきた私にすらも、印象的に映ったほど。RTの総意でも、「As thought-provoking as it is visually compelling, The Witch delivers a deeply unsettling exercise in slow-building horror that suggests great things for debuting writer-director Robert Eggers.」(映像的に優れている上に受け手の思考をも試す本作は、緩やかに恐怖を積み重ね、固めていくお手本のような作品だ)と、的確なコメントがされている。(★★★)