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【小説レビュー】『火車』宮部みゆき

個人的にミステリーを好んで読む方ではないので、日本の主要ミステリー作家にあまり手を付けていないのだけど、そんな素人にもさすがにこの本はすごい!とわかる名作だった。

これは私にとって最初の宮部みゆき作品だ。もちろん名前はずっと前から知っている。でも読了したのは初めてだ。2年ほど前に『ペテロの葬列』を読んでいた時期があるのだけど、ちょうど半分ぐらいまで読んでとりあえず一旦と思って止めて、そこから1ページも進んでいない。ああいう分厚い本は毎日ちまちま読むのに向かない。『火車』は1日で一息に(厳密に言うと二息半ぐらいだったけど)読んだのが良かった。
私は小説の内容よりも文体を楽しみたいタイプで、この本は文体はそこまで好みではないけど内容がすごいというタイプなので、自分の好みのツボを突かれたという感じではない。最初の3分の1くらいはあまり没入できないまま読んでいた。文体が好みだと1ページ目から小説を楽しめるので、そういう意味では私は文体が合わない名作をスルーして生きてきたのだろうなと思う。でも物語に没入していくと文体がどうでも良くなっていって、後半はけっこう楽しめた。

休職中の刑事が事件を追う物語だ。松本清張の『砂の器』と、どことなく似ている。あまり極端なキャラクターが出てこず、刑事が事件を追う日常を淡々と描いて、少しずつ真相に迫っていくようなところが類似しているように感じた。まぁ、ミステリー小説の持ち弾が少ない私の中での比較である。
平成になったばかりの頃の話で、読んでいるとそういえば自分が子どもの頃はそういう生活様式や価値観だったなと思い出す。携帯電話もほとんど普及してないし、みんなあちこちでタバコをぷかぷかやっていた。男と女の性別役割分業は色濃いながらも少しずつ変化が生まれ始めていて、その辺りをごくごく自然に作品の中で表現しているのはさすが女性作家だなと思った。いや、女性作家だからと言ってしまうとジェンダーバイアスになるのかも。

何か特別なトリックがあるとかでなく、小さなほころびや手がかりから事実を追っていき、それに関連する謎が生まれ、それが明らかになると新たな謎が生まれ、それを繰り返していると大きな全容があぶり出される手法はさすがだ。ごちゃつかない程度に情報が次々と出てきて、たまに整理もしてくれる。柱となる事件とその周辺の情報の絡め方が上手くて、わざとらしくない、ちょうど良い塩梅でサブストーリーがメインストーリーの役に立つ。さすがミステリー作家だと感心するミステリーの秀逸さだった。

ミステリーだけでなく、社会問題への警鐘やそれに対する思想もきちんと表現されている。これだけ時代を経てもまだ、確かに……と納得させられるものがあった。
なるほど宮部みゆきが作家としてこれだけの地位をを築くのもわかる、とうならされた一冊だった。

『火車』宮部みゆき 3.5

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