見出し画像

【実用書レビュー】『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』新井紀子

私がこの本に興味を持ったのは、「読解力は読書量や親の年収や学歴などどんなパラメータとも一切相関がなく生まれつきランダムに決まっていて、訓練でもほぼ向上しない」という主張を見掛けたからだった。それはかなり意外な主張で印象に残ったのだが、どこでそれを目にしたのか覚えていない。ネット記事だったのか、YouTubeの動画だったのか、とにかくネットの有象無象の中のどこかだ。その時この本を引用元としてその主張がなされていて、読んでみたいと思ったのだった。

先にその話をしておくと、本書を読んでみると上記の主張は完全に誤りであった。何が読解力を決定するのか、網羅的なアンケートを取って調べてみたが決定的な因子を発見できず、アンケートから読解力を左右するものを見つけるアプローチを諦めた、という趣旨の事しか書かれていない。読解力が生まれつき決まっているなんて書かれていなかった。しかも、読解力が大人になってからも訓練で向上する例も示されている。どういう訓練をすれば読解力が向上するか、その要因を突き止めるには至っていないが、向上する例は目にしたという記述に留まっているが。
私は怒りを感じた。本書の主張を全く理解できない、読解力のない人間が読解力を語った嘘の情報に、まんまと踊らされた自分に。そして読解力がないくせに読解力を語るその主張元に。一次情報に当たることの大切さを、私はまた学んだのであった。

私がただ独り相撲しただけのエピソードじゃないかと切り捨てられてしまいそうだけど、この例から私は読解力がない人がさも読解力があるように振る舞っていてバレてない例ってかなり多いんだろうなと実感したのだ。本書には現在の日本の子どもたちの深刻な読解力不足の調査結果が示されている。それは予想よりもかなり悪い結果だ。予想よりもかなり読解力がない人が多いというのは、本当はわかっていないのにわかっているように振る舞ってそれがバレていない人が多いという事なのだろう。きっと本人すら、自分は読解力があると思い込んでいる。色々な本で脳について書かれているのを読んだが、人間は理解していない事でも正しそうだという直感で正解を選ぶ能力が高いらしいので、そう見えるのだろう。

そういう見せかけでは騙せなくなる時代がどうやら来るようだ。真に読解力のある人間以外はAIに仕事が奪われる未来がやってくると、この本は警鐘を鳴らす。
本書の前半部分ではAIについて、できる事とできない事が示される。世間のイメージよりもAIができる事は限られていて、シンギュラリティは起こり得ないとAIの専門家である筆者がAI信仰をぶっ壊してしまう。しかしその上で、その限られたAIにできる事の範囲は膨大で、その範囲に含まれる仕事で人間がAIに勝てる見込みはないとも示される。人間の仕事は、AIができない事の範囲だけになる。
そのAIにできない事、AIが苦手な仕事に読解力が不可欠だという。著者は読解力を正確にはかるテストを開発し、深刻な読解力不足を浮き彫りにした。これからの課題は読解力を向上させるための処方箋を見つける事で、その辺りの一番知りたい部分についてはまだ研究が追いついていないようだ。

これは私の勝手な感想だが、自分は勉強なんかできないと諦めているタイプより、高学歴でそれなりに社会的地位の高い読解力があると自分も周りも思っているのに実は読解力がないタイプのホワイトカラーがこのAIに仕事を奪われる敗者になりそうだ。本人は自分は読解力があると思っている分、AIに仕事を奪われない人間だという自信もありそうで、それも厄介だ。前述の通り、そういう実は読解力がないのに明るみになっていない人はかなり多そうなのも恐ろしい。
まあ、こんな事言ってる私に読解力がなくてAIに仕事を奪われてしまう可能性も大いにあるのだけど。

読解力についての感想ばかりになってしまったが、本書の前半部分のAIに関する説明もかなり面白かった。この本が書かれた当時よりAIは進歩しているだろうし、不可能だと思っていた事が可能になった部分があるかもしれない。AIは「意味」を理解しないけど、意味を理解しているようなもっともらしい振る舞いが可能な領域もできるかもしれない。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 3.0

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?