見出し画像

【映画レビュー】灼熱の魂

この映画は今すぐタイトルを変えた方がいい。もっと多くの人に見てもらえるタイトルにするべきだ。本当に良い映画なので、それがものすごくもったいない。

私はできるだけネタバレなくいろんなものを楽しみたい人間なので、この映画についても本当に、できれば全くネタバレしたくない。なので、この映画の中で気に入ったセリフをいくつか挙げ、少しだけ内容を書く。

この物語は、双子の姉弟が亡くなった母の遺言を公証人の元で開封するところから始まる。遺言には姉弟に風変わりな指示が書かれていて、一般的な遺言とは異なるそれを無視してごく普通の手続きをしてしまおうと弟のシモンは言う。公証人は、遺言に従うべきだとシモンを諭す。そして「遺言で作り話をする人はいない」と言う。なるほど、確かに死後に家族に読んでもらう手紙には嘘は書かないなと私は納得した。残念ながら私は遺言を残すような相手がいないが、もしこれからの人生でそういう人を得たら、逆に遺言には変な冗談を書き記せるようになりたい、と思った。

姉のジャンヌは純粋数学の教授の助手をしている。突然降って沸いた家族の問題に、教授は数学者らしい視点で彼女の背中を押す。「心が平和でないと純粋数学はできない」と教授は言う。なるほど、これは純粋数学に限らず、悩みがあったら自分が取り組むべき大きな課題には向き合えないなと思わせる。

そこから母の過去を追う姉弟と、当時の様子が行ったり来たりする。これが過去と現在を何度も行き来するにも関わらず、話がごちゃごちゃしない素晴らしい構成だ。映画でも小説でも、名作はとにかく情報の伝え方が上手い。適切なタイミングちょうどいい量の情報を出し、過去と現在を切り替える、その加減が本当に素晴らしい。ただ、私は人の顔を覚えるのが苦手なタイプで、過去の時間軸の若い母と現在の時間軸の娘ジャンヌの顔が似すぎてしばらく判別に苦労した事だけは困ったが。

母の過去は辛いものだった。ある時、彼女やいとこが通う大学が閉鎖され武力闘争が始まる。いとこたちとラジオの情報を聞いていると、いとこの母がごはんができたと声を掛ける。大学が襲撃されているんだと言ういとこに、「食べない理由にならない」と、いとこの母は言う。なるほど、確かにどんな時でもごはんは食べないといけないな。有事にこそ家族で食卓を囲むべきだなと、その肝っ玉母さんの言葉は妙に私に響いた。

この映画は、戦争の悲惨さを扱っている。残酷な場面も描かれている。しかし、残酷さを全面に押し出す映像ではない。ショッキングでグロい映像で悲惨さを表現しようという過激さがないので、とても悲惨な場面が多く描かれているが、辛くて見ていられないという気持ちにはならなかった。しかしこれは個人の感じ方の差が大きいと思うので、誰でも大丈夫とは言わない。悲惨な物語を、なるべく過激さを抑えて誠実に描こうとしているとは思ったという個人の感想だ。

過去から現在にかけて、この映画にはいろんな人物が出てくる。そしてそれぞれの人物が、それぞれの立場や職業である事が反映されたセリフがたくさん出てくる。国の異なる二人の公証人が、公証人らしい愚痴をこぼす。貧しい村の秀才だったであろう男が、大学で工学を学んだが仕事がなくてタクシードライバーだと言う。高潔な女学生が、武力闘争が起ころうとしている時に思想を守ることの大切さを説く。そして、家族への愛情の言葉。戦争という大きなテーマと家族の愛という身近なテーマを上手く織り混ぜた、映画らしい映画だった。

『灼熱の魂』 4.5

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?