#開業助産師 の言葉から考える

一時帰国をした時、私にとって「日本の宝」である開業助産師さん数名に、インタビューをさせて頂きました。

助産院には様々なタイプの施設がありますが、

・産前の検診を通して出産を出張、又は施設内で対応

・母乳相談専門(おっぱいマッサージなども)

・産後の育児相談や母子参加型ワークショップ(ヨーガなどのエクササイズ、ベビーマッサージ、スリング講習など)

・産後の養生のためのデイケアや宿泊の受け入れ(自治体によっては病院で出産された方が、5日分の利用料の補助を受けられるシステムが機能するところもあります)

などといったケアを、専門的または複合的に提供しているところです。

自宅のお部屋を検診と分娩用に使われる家庭的な助産院もあれば、大きな数階ある施設で専門家が活動を分担したり、すべて木造でホッとできる旅館のような助産院もあります。

そして、まだ新しいスタイルのようですが、ドゥーラのように専属で契約し、数年間の継続的サポートを提供する助産師さんもいらっしゃいます。

本当に色々あって、助産師さんそれぞれの個性がうかがえるようで面白いです。

一番良いのは、何度も顔を見て色々話していくうちに信頼性が強まり、パートナーや子供、そして自分をよく知ってもらえることでしょうか。

検診も、お茶飲みながら賑やかだったり、お腹を触り赤ちゃんとも笑いを交わしたり、他のお母さんとも合流しちゃったり。赤ちゃんを抱かせてもらったり。

そこから得る安心感は、やっぱり昔あった 何でも聞ける「近所のおばちゃん」とお話しする、かのような(笑) 

「大丈夫、怖くないのよ」と 経験豊かな助産師さんが言ってくれる言葉は自信を持ってお産に挑むための大切な安心要素になります。

どんなに自然から離れた暮らしをしている現代の私たちの身体でも、確実に、身体が嬉しいひと時になると思います。 

そしてその感覚にハマります(笑)


インタビューを始めようと思ったきっかけは、私自身、そして私たち夫婦にとって、そんな自信に繋がるひと時を過ごし、助産院での出産がとても幸せな、人生にとって言葉にできないし書ききれない、とても大切な学びを与えられたからです。

その体験を通して、女性の性のプロセスとは 「妊娠・出産・育児」 などとステージに分けて捉えるものではなく、少女のころからコツコツと、

長―――く果てしない、「ひとつの道」 として意識的に、主体的に歩んでいくことが出来るものなのだと気づいたからです。

これは、「自分が自分の身体の真の主」になる、ということですよね。その気づきにたどり着いた強い協力者が私にとって助産師さんであり、特にお母さんや家族をよく知ってお産に付き添うことができる開業助産師が減っていく今、何かしたい、その役割の大切さをもっと広めたい、もっと堂々と、彼女たちが活躍している姿を世間に知ってほしい。そう思ったのです。

本来はこちらスペインでこのような施設ができたら・・・という気持ちでこちらで伝える目的で始めました。

(実際、田舎にある我が家を改装してお産の家にしないか、という話もありました。)

ただ、インタビューで現状をお聞きしているうちに「もっと助産所を頼ってほしい」 と願う助産師さんたちの声をまずは日本の中で広げたいと思えてきました。


現在の日本では約9割強が病院出産である、と聞いたときは昔との予想外の変化に本当に驚きだったのですが、助産院の存在自体をご存じない方も実は多いようなんです。

女性のために動ける職業だからこそ、女性の幸せに繋がるよう連携して支援するために、地道に諦めず地域活動を続けたい、と日々努力をされる助産師さん。

「産前からの身体と心のケア」が、その後の育児に向けてどんなに大事なことかを知っている助産師さん。

温もりを感じる体験を、身体に刻むようなお産のお手伝いをしてくれる助産所。

お産は「苦しい」ではなく「楽しい」ものですよ、と伝えてくれる助産師さん。

継続的なサポートが受けられる、家族にとって心強い場所。
「女性を守る存在」である助産所。

うーーーん、やっぱり「宝」です!!!
そして産後も頼れる心強い存在なんです。


少し話を変えて…
「女性を守る存在」というのは、専門家や家族友人などといった人だけでなく、周囲の環境や調査研究、教育を通したあらゆる情報提供、そして社会の受け入れでもあります。

「女性のエンパワメント」に関して学んでいるんですが、「ジェンダーステレオタイプ」「男女格差」などなど、色んな文献を調べていると正直途方にくれます。

がっかりします。 怒りさえ沸き上がってきます。女性への抑圧がどこまで深く、無意識に染み込んでいることか。

皆さん考えたことがありますでしょうか。 結構マズイです。

日本では特有な形で根深くあるため、「現実に気付いてすらいない」という言葉もよく目にします。

ヨーロッパなどと比べて情報が入りにくいのも一つの理由でしょうし、メディアから入る情報を信じて、問いただしたり批判する姿勢が少ない、又はしても女性運動にまではいかないため、女性の声が公に表現されることが少ないからでもあると思います。

でも、一番の理由は女性が従順であるよう教育されてきていることかもしれません。

そして、女性の性を抑制し、「自然=私の身体」から切り離すかのように社会が回っている。

そして国の運営に携わる政治家の大半が男性であり、女性が生きる現実や大変さをちゃんと知られることがないまま事が運ばれているように見えて仕方ありません。

女性に優しい国、とは言えないと思いませんか?

少しずつ変化は見えるし男性の意識も変わってきている。でもまだまだ自由や平等、性の抑制から解放…といったところへは程遠いです。


女性はもっと豊かに暮らす権利があります。

そして、人口の半分が女性であり、その半分以上の方が出産するとすると、やはり性のプロセスで大切な出産と育児の現状を気にせずにはいられません。

産後育児の現状を知らないまま国の極小一部が男女共同参画なんて言ってる場合じゃないと思います。

まずは心とカラダの健康、人が幸せ、と感じて生活できるか、が基盤であるべきではないでしょうか。

性教育を無視するわけにはいきません。女性の月経を無視するわけにもいきません。将来の心身の健康に確実に繋がるからです。

産後のお母さんや家族の意見がもっと反映される何か、支援のようなものがもっとできていいはず。

その為の調査や研究、専門家育成の投資が国はもっとできるはず。そして、助産師さんの声や、素晴らしいお産がある、

より豊かな人生に繋げてくれる体験であり得るんですよ、というお母さんたちの声を無視するわけにはいきません。

女性は何かに頼らなくても新しい命を生み出すパワー、それを周囲に伝播できる特権があるんですよ、と堂々と伝えていいと思います。

なんだか話がまとまらなくなってしまいましたが、


女性がもっと自分らしくいられるために、心身がより健康であるために
色々考えるわけです。
私も、これからいろいろ伝えられる何かを作りたいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?