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坂上田村麻呂

清水寺の音羽の滝を過ぎると左手の方に、アテルイ、モレと読む石碑が出てきます。これは清水寺を創建した坂上田村麻呂が蝦夷征伐に行った際の、相手の武将の碑で最近建てられたものです。

坂上田村麻呂は、最大のライバル東北の蝦夷の首長アテルイとその戦いの中でお互いの武勇を認め、その人望を認めて連れて帰り、東北経営にアテルイを協力させるよう、朝廷に助命嘆願を強く申し出ました。しかし、朝廷の人々はアテルイを恐れ、田村麻呂の願いもむなしく、河内国で処刑されてしましました。この慰霊碑にもこんな物語がありました。ここを過ぎると池があり、その先最初の場所に戻ってきます。よく集合写真を撮られていたところです。ここの狛犬が”阿吽”になっていず、両側とも”阿”というのが七不思議の中の一つとなっています。

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坂上田村麻呂は小学校の頃英雄と聞かされたこともあり、私の中では非常に印象に残る武将です。祖先は渡来系の氏族で、田村麻呂は非常に頭がよく、蝦夷に攻め入った時もその土地の人たちに当時の最新の農業の仕方などを教えて攻略していったと聞きます。孫子の兵法を用いた考え方をしていて、その兵法を使った戦を実践していたそうです。尊敬する魅力的な武将です。

最初に紹介忘れましたが、清水寺には出世大黒天が舞台に行く手前にあります。顔の黒い大黒天は大変珍しいそうです。室町時代のもので平成20年に修復が済んだばかりです。大黒様という神様は出世や富貴の神様でもありますが、大国主命を由来としていることから縁結びの神様としても有名だそうです。出世も含めてとても御利益があると思いますので、行かれたときには忘れずにしっかり拝んでくださいね。8/6

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