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校長先生、お元気で

お別れの日は来てしまった。
大好きだった彼に、もう会えなくなってしまう。
その”彼”は、明日には施設に入所してしまうからだ。




デイサービスに通っておられた95歳の男性。
その彼の穏やかな仕草の全てに
私たちスタッフは癒され続けた。


仕事柄、
通っておられた方とお別れをすることは
よくあることで、
寂しいお別れだって珍しくはない。


でも、今回はどういうわけだか
私だけじゃなくスタッフ皆にとって特別なお別れだった。

こんなにも涙のお別れは
滅多にない、と思う。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


二週間ほど前のこと。
職員間の情報共有ノートに
「〇〇様の入所が決まりました。
デイサービスご利用は○日までです」と
その方についての情報が書かれた日、

読みましたのサインの代わりに、
私は『OMG』(オー・マイ・ガット)と書いた。
さびしさが込み上げたからだ。

その隣に『×2』とか『+1』とか書き足されて
OMGの波紋は広がり、
皆で肩をガックリと落とした。


品の良い、元小学校の校長先生。
微笑む眼差しのあたたかさ。
「お世話をかけました」と軽く頭を下げる仕草。
淡々と話す落ち着いたトーン。


食事にトイレにお風呂。
お手伝いが必要な場面は、一日の中にたくさんあって、
そのどの場面でも
「ありがとう、助かりました」と穏やかに微笑まれた。

幾度も同じことを尋ねられることもある。
「鉄道に乗り遅れそうですが、間に合いますか?」と聞かれた時には
「車でお送りしますから大丈夫ですよ」と答える。
「そうですか、ご厄介になります」と微笑まれて、
しばらくして、また同じ会話を繰り返す。
その繰り返しが、少しも嫌じゃなかった。

その方の仕草や微笑みを見たくて
近くで作業することもある。

手が空いていたら
その方の近くで体操に参加する。

ほとんど、”ひいき”の域。

自分もこんなふうに歳を重ねたい、と思うからなのか。
校長先生に「よくやったね」と褒めてもらっている気がするのか。

考えても、どうしてなのかはわからない。
でも、
皆がその方の前ではホッとする。
それだけは事実なのだ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

今日が最後のデイサービス、という日。
5月に誕生日を迎えるその方を囲んで、
早めの『ハッピー・バースデー』を皆で歌った。

泣けてくるね、と言いながら
一緒に写真に収まり、
カードに写真を貼り付けてお渡しした。

「ほう、なかなかいいですね」
と言うその優しい微笑みを見つめる私たちが
どうして涙ぐんでいるのか不思議そうに見て
「楽しい歌をありがとう」とお辞儀されたものだから、
また、涙が溜まった。


校長先生、ありがとうございました。

最後に軽くお辞儀をして微笑んでいた”彼”にそう言って
皆で見送ったのは、五月晴れの少し小寒い夕方だった。

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