見出し画像

ファミレスをイタリアンと偽った彼に欠けていたものとは。パスタの向こうに見えたもの

以前、職場に新しく配属された上司が、「前職はイタリアンレストランの店長でした」と自己紹介しました。我々の職場はホテルだったので、前職がイタリアンレストランというのは珍しくはないのです。ところが、よくよく聞いてみると、イタリアンレストランといってもそれはパスタをメインにしているファミレスチェーンでした。これを聞いた同僚や後輩はだいたい「驚きのち失笑」。

その上司は、正直あまり仕事ができるとは言えませんでした。現場のプレイヤーだった頃は真面目でよく働く人という評判で、だからこそ抜擢とも言える昇進をしたのですが、マネージャー職についてからはなにをやってもちょっと的を外しているといった印象で、結局、短期間で別の部署へと異動になりました。

不運だったかなと思うのは、ただでさえ社歴が浅かった上に、我々のチームはすでにベテラン揃いでチームワークが完成されているところにあとから赴任してきたので、やりにくさはあったと思います。マネージャーに対しても遠慮も忖度もしない社風だったので、なおさら部下(私も含む)からは的確すぎる指摘の嵐で、どう立ち振る舞えばいいのかは難しかったでしょう。

ただ、彼がマネージャーとしてうまく仕事ができなかったことと、ファミレスをイタリアンレストランと偽ったことは、まったく無関係ではないような気がしていました。これについて長らく上手に説明できずにいたのですが、最近その彼が勤めていたというファミレスにはじめて行く機会があったので、記念に(?)あらためて考えてみました。

まず、なぜ彼はファミレスをイタリアンレストランと偽ったのでしょうか。シンプルに考えれば「見栄を張った」のだと思います。彼が働いていたチェーン店は、「誰でも絶対知っている」というほどではなかったので、店名を言ってもわからないと考えた可能性はあるのですが、とはいえ「パスタ専門のファミレス」「外食チェーン」など、もう少し正確な表現があったと思います。イタリアンレストランと言われると、普通はある程度高級な店を想像します。店長ともなれば、ビシっと黒いスーツなんかを着て、姿勢良くワインを注いでいそうなイメージです。ファミレスで客の押すブザーに追われて駆け回る姿よりは、一般的にはそのほうが「かっこいい」という印象になるでしょう。

ただ、そもそもファミレスをイタリアンレストランと偽ることは「見栄を張る」ことなのでしょうか。なんとなく取り扱う単価の差にごまかされますが、1軒から数軒展開している程度のレストランと、全国に何百軒も展開する大手外食チェーンでは、後者のほうが売上規模は圧倒的に大きく、給与水準も労務環境も高いという可能性は十分あります。実際に彼が勤めていたのも会社も日本最大規模でした。

また、なによりそれぞれの店長に求められる役割が全く違います。前者は提供する料理やサービスのレベルに神経を使います。店によって課題は違うでしょうが、まずは核となる料理やサービスの質を守りつつ、経営全般に目を光らせる必要がありそうです。

一方でファミレスの店長が圧倒的に神経を使うのは、たくさんのスタッフをいかに取りまとめ安定雇用できるかです。一般的に外食チェーンは、提供するメニューは本部が決定します。広報や出店計画も本部主導。店長に任される裁量はなんといってもアルバイトやパートスタッフをいかに過不足なく配置し、彼らに高い意識で働いてもらうか、というチームマネジメントに関わる部分です。どの外食チェーンの事情を聞いてもその部分はほぼ共通のようです。時にスタッフと本部との板挟みになりつつも、スタッフへ根気強く対応していくれる店長のいる店は、アルバイトが安定し積極的に働いてくれるものです。

これを踏まえて考えてみると、取り扱う価格帯が高いレストランの店長がかっこいいとは限らず、光の当て方によってはチェーン展開するファミレスの店長のほうが、人材マネジメントなど、ある特定の分野においてはプロフェッショナルと言えます。一般的に店で抱えるスタッフ数(組織の人数)は、ファミレスのほうが多いでしょうから、それだけ求められるマネジメントが高度だとも言えるわけです。

ひるがえって、くだんの元上司が赴任してきた我々の部署の特性を考えると、圧倒的にファミレス的チームマネジメントが求められる職場でした。数名の正社員と40名ほどの主婦層を中心としたアルバイトという構成、いかにスムーズにオペレーションをまわしながら、肉体的・精神的ハードさをケアできるかといった側面は、ファミレスにとてもよく似ていました。実際に、マクドナルドの店長を経験していた他の先輩は当時のスキルを活かし、うまくスタッフ達を懐柔しながらコントロールしていました。(この先輩と元上司はチェーン店店長あるあるをよく話していたので、経験値は似通っていたと思います。)

もし、この求められるスキルの共通点に元上司が気づいていたら、決してイタリアンレストランなどと(彼なりの)見栄を張る必要はなく、堂々と「ファミレスの店長をやっていました。だからこのようなチームマネジメントは得意です」と胸を張ればよかったと思うのです。会社もその彼の前職の経験を買ったからこそ、この部署に配置したのではないかとも思います。彼はそれに気づけなかった、つまり彼が自分に求められている役割に気がつけなかったことが、実際にマネージャーになってもいまいち成果をあげることができなかった最大の要因なのではないでしょうか。私たちの職場は、ホテルとしてはかなり高価格帯でしたので、そこも惑わされる原因になったかもしれません。

どの仕事にも、価格帯や業態だけではなく、職場ごとの構成人数、風土、成長フェーズなどいろんな要素があり、それぞれにマネージャーに求められる役割があります。スキルは自身の経験という引き出しから取り出してくることしかできないとしても、どの引き出しをあけ、どのスキルを取り出してくるか、は間違えてはいけない、と思い至りました。

元上司がかつて勤めていたというファミレスチェーンで、あまり美味しいとはいえないパスタをすすりながら、パートさんによる丁寧な接客を受けつつ、私も自分の経験を丁寧に棚卸ししておこうう、と小さく決意しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?