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インクの染みから(フリーダ・カーロの日記#12)

フリーダは日記の中で、滲み出たインクと裏抜けした部分を3頁にわたって想像力に富んだ絵に仕上げています。はじめは犬らしき動物、それは次のページでさらに獰猛化し、その次のページではターバンらしきものを髪にまいた女性が空を飛ぶ絵に変化しています。また、はじめに登場するインクの犬らしき動物の下には別のインクの染みもあり、こちらは葉脈が描かれた1枚の葉から、次ページでは「戦死した兵士」というコメントをつけて、自動操縦らしきものを構えた兵士に変わり、さらに次のページをめくると、女性の胴体になっています。羽根の生えたこの女性は、手をあげて、見る者に挨拶しているようにも見えます。このページのタイトルは「現実の世界」。色合いからすると、現実からほど遠い華やかな狂気が潜んだシュールな世界にも見えます。

当時、自動筆記は芸術運動に起用され、フリーダも芸術家らとの交流の中で「自動筆記」を楽しんだようです。晩年、病床期が長かったフリーダは、自動筆記になぞらえるならば自動描画ともいうべき遊びを、インクの染みで無意識に楽しんでいたのかもしれません。

さらに、「現実の世界」と同じ色調で描かれた右側の頁には、「太陽に捧げる踊り」というタイトルがつけられ、エネルギッシュな明るい色を使った祝宴が描かれています。

Stable Diffusionより(イメージ画像)

アステカ神話は太陽を崇拝し、人の心臓を神に捧げたり、傷つけた体の血を神に捧げる放血儀礼が行われていたそうです。ここでも太陽は大きな花のように特別な存在として描かれ、その周りを踊るのはショロイツクインツレ犬(ショロ犬)と人間たち、そして人間と動物が同体で描かれた不思議な存在も描かれています。

フリーダの世界にはヒエラルキーが存在しないのでしょう。巨大な羽根の生えた虫も、ショロ犬も、人間もすべてこの世に存在する同志となって、太陽を崇拝し、歓喜の踊りで祝宴をあげているのです。

フリーダの描く絵には動物がたくさん登場します。日記にも、フリーダが飼っていたショロイツクイントリ犬が2匹描かれています。実際にコヨアカンにある自宅の青い家(Casa Azulカサ・アスール)には「セニョール・ショロトル」という名のショロイツクイントリ犬や、「フーラン・チャン」という名のクモザル、「ボニート」という名のアマゾンのオウム、「グラニーソ」という名の小鹿、「ゲルトルーディス・カサ・ブランカ」という名のワシなどが飼われていました。

ちなみにショロイツクイントリ犬とは、一般にアステカ犬とも呼ばれる毛のない犬で、その起源は3500年前に遡るそうです。アステカの暦である太陽の石にも1カ月=20日の中の1日のシンボルにも描かれています。

フリーダの飼っていたショロイツクイントリ犬の「セニョール・ショロトル」という名前は、本来はケツァルコアトルの変形である犬の頭をしたアステカの神の名前です。アステカ族の先祖である一族の遺物をお守りとしてコレクションしていたフリーダだけに、愛犬に付けた名前もまた非常に彼女らしいネーミングになっています。


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