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聴く力

財政課初期の恥ずかしい話,大変多くの反響をいただきました。
もう18年も前の話。私もまだ30代前半,係長になったばかりの頃です。
今思うと,相当とんがっていて扱いにくかっただろうと思います。
そんなはねっ返りの私ですが,諸先輩,同僚,財政課時代にお会いした様々な立場の方々とのいろいろな経験の中で,多少丸くなりました(笑)

そんな私が,財政課時代に身につけた力,それは「聴く力」です。
財政課の仕事の大半は,人の話を聞いてそれを伝えることです。
現場からの予算要求,執行協議の内容をヒアリングし,それを課長に伝え査定を仰ぎ,課長と協議した査定内容,予算計上の適否,執行にあたっての留意点等を現場に伝える。
とにかく毎日が伝言ゲームで,膨大な情報を収集し,整理し,伝達するという高度な情報処理能力が求められました。

私は情報の伝達(話すこと)そのものは苦手ではなかったのですが,情報収集(聴くこと)についてはかなり難がありました。
当時,私とペアを組んでいた同僚からは,私のヒアリングを傍で聞いているだけでどのような査定案にしようとしているかが丸わかりだったと言われます(笑)。
自分自身で先に結論までの筋道を立てておいて,その筋道に合う,必要な情報だけを聞いていく,まるで尋問のようなヒアリング。
確かに膨大な事業数のヒアリングを効率よく進めるにはそれが一番なのですが,自分の論理立てに合わない情報をよく聴きもせずにそぎ落とすことで,事案の全容を掴まずに判断してしまうリスクがあったと思います(そのことが前回ご紹介したような失敗を招いたわけですが)。

自分の欲しい情報だけではなく,査定案を円滑に認めてもらうために,課長や部長,局長が欲しがるであろう情報を先読みして聴取することもありました。
しかし,課長が,部長が,局長が欲しがる情報を想定すればその項目はどんどん膨れ上がり,ヒアリングで質問する内容も日々エスカレートし,それは現場の負担になっていきます。
しかも,その査定結果は財政課としての自分の立場から見た一方的な結論になりがちで,結果として現場はその過大な負担に耐えかねて「予算をつける気がないのに質問ばかりしてくる」「予算をつけないための根拠を欲しがっているだけ」「あいつらは俺たち現場のことをわかろうとしていない」と財政課への不信が増していくことになるのです。

このままでは現場に信用されていないまま対立構造の化かしあいで消耗するだけだと感じた私は,予算編成の時期以外にも現場の方々と積極的にコミュケーションをとりたいと考え,予算編成の始まる前、比較的余裕がある時期に,自分の担当する部局の施設見学や事業のレクチャーをお願いしました。
現場に飛び込み、現場の生の情報に接することで、現場との距離を縮めたい、という気持ちがありました。

財政課が現場に来るとなると現場の方の目の色が変わります。
財政課が味方になってくれる,今なら自分たちの思いを聞き届けてくれる,そういう期待感をもって一生懸命説明してくれますし,現場もくまなく案内してくれました。
普段入ることができないところに入れてもらったりして,大変サービスしてもらった記憶があります。

現場を見に行くという実績を作ると現場との親近感が生まれます。
予算要求調書を見て初めて知るのではなく,あらかじめ現地を見ている,現場の担当者から説明を聞いているので,要求内容に対しても「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」「こんなやり方はどうだ」という建設的な提案ができるようになりますし、事業の問題点を指摘しても「この人は現場を見に来てくれた人だから」という信頼感から私の意見を受け入れやすい雰囲気が現場に生まれます。
そうやって,現場の皆さんと建設的に議論して出来上がった査定案は,自信をもって課長を説得できますし,その予算が計上された喜び,事業が実施されて効果が出たときの喜びもひとしおです。
そうやって私は現場との距離を縮めることができたのです。

財政課の担当者が担う情報伝達の機能は,インプットしたことをアウトプットするのではなく,その場にいない者の立場,主張を再現する機能です。
課長に査定案を説明するときは,そこに直接参加することができない現場の方々の立場,主張を再現し,現場からヒアリングを受けるときは課長が査定案の審査時に言うであろう意見や質問を先取りして現場に伝える。
それぞれの立場に成り代わって代弁できるよう,必要なことを聴き,それを語ることができなければいけないのです。

普段のコミュニケーションがなければ、現場の置かれている立場や予算要求に込められた思いを理解し、課長の前で再現することは,なかなか難しいことです。
現場でどのようなことが起こっているのか,普段どんなことを感じて仕事をしているのか,その現場で働く人たちに成り代わって事業の必要性を代弁するには,自分の論理立てに合う情報だけを集める従来のやり方ではまったく役に立ちません。
私は、現場の皆さんの胸を借り、温かく迎え入れていただいたおかげで、相手の立場に立って、相手が理解してほしいと思っていること、伝えたいと気持ちを込めていること真摯に「聴く」力を手に入れることができたのです。
当時、生意気だった私を育てていただいた皆さんに改めて感謝いたします。

この収穫は、その後の私の人生を大きく変えました。
その後の財政課生活でのヒアリング、査定などの様々な調整も自分なりにうまくやれるようになりましたし、さらには後に財政課長として「対話」というツールを軸にした財政運営に舵を切ることができ、その手法についての出前講座をこうして全国に展開し、このような講釈を垂れることができているのですから。

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