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縮小する未来

この5年間,私の出張財政出前講座は「対話型自治体経営シミュレーションゲーム“SIMULATION2030”」とともにありました。
人口減少,少子高齢化による税収の減,社会保障費の増など制約条件が増す中での政策の選択,自治体の経営を仮想体験(SIMULATION)できるこのゲームは,2014年に熊本県庁職員有志が開発したものですが,ちょうど5年前の夏,東京で開催された「関東体験会」と,延岡で開催された私の財政出前講座とのコラボレーション“with SIMULATION2030”の二つの取り組みにより多くの方の目に留まり,その魅力のとりこになったファンたちの手によってあっという間に全国に広まりました。
このゲームがあったからこそ,私の講座が皆さんからご好評をいただき,5年もの間続けることができたのだと思っています。

このゲームの魅力についてはこれまで何度も稿を起こしてきましたのでここでは詳細には触れませんが,与えられた役割を演じるロールプレイの中で「取捨選択」や「説明責任」といった行政運営を担う立場ならではの苦渋の経験をゲームの中で体感できるという点が秀逸であり,またその議論の過程で多様な立場の意見を集約し,納得のいく結論に至るためには,普段の行政運営でなかなか行われることのない「対話」の重要性に思いが至るところも魅力のひとつです。
さらに魅力的なのは,ゲームのシナリオで与えられる様々な政策選択の機会を経て出来上がったまちの未来の姿を振り返ることで,まちづくりを進めるうえで必要となる「ビジョン(将来像)」の意義を考えることができること。
出前講座でゲームをやっていただいた後の振り返りで,「どんなまちを目指すのか」ということが最初に共有できなければ場当たりの議論になってしまうが,そうやって場当たりの判断を繰り返すことで果たしてどんな未来にたどり着くのか,それは結果オーライであってはいけない,そんな風にいつも私からはお話しさせていただいていました。

この“SIMULATION2030”はもともと,人口減少,少子高齢化による税収の減,社会保障費の増など自治体経営の制約条件が増し,政策選択の幅がどんどん狭まっていく「2030年問題」をあらかじめ自治体職員としてきちんと理解しておこう,という趣旨で開発されたものです。
ゲームで与えられるシナリオでは,人口減少や少子高齢化といった推計上すでに明らかになっている「起こってしまった未来」をベースに進行し,その中で政策選択を行っていくことを仮想体験できるのがこのゲームの本質なのですが,このゲームで体験してもらう未来はバラ色でも何でもありません。
税収が減少する一方で社会保障や施設の老朽化に係る支出が増加し,自治体が政策に使えるお金がどんどん減っていく。
時間が経ったらその苦境を脱出できるわけではなく,収入が減り続ける中でそれに合わせて支出の規模を減らしていく,高度成長はおろか低成長や停滞ですらない,いわば「縮小する未来」。
その厳しさ,苦しさをあらかじめ体験しておこうというのがこのゲームの本来の開発意義だったのですが,今回,コロナの影響で経済が停滞し,一方で対策費の支出が急速に膨れ上がり国も自治体も財政が疲弊していく中で,私自身,気づいたのは,我々がまさに今「縮小する未来」のさなかにいるという現実です。

今,コロナによって財政危機に直面し,これからの自治体経営に見通しが立たない中でどのように政策を取捨選択していけばいいのか,途方に暮れている自治体もあると思います。
しかし,人口減少,少子高齢化がもたらす財政的な制約によりいずれ「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」を選択せざるを得ない未来がやってくることはわかっていたはずです。
そのための備えとして,いずれ訪れる「縮小する未来」を仮想体験しておいて,その未来においてありたい姿からのバックキャスティングを考える訓練をしておくために,我々は“SIMULATION2030”というゲームを開発し,普及してきたのではなかったでしょうか。
全国に散らばっている“SIMULATION2030”ファンの皆さんであれば,現在の厳しい状況も,人口減少や少子高齢化によっていずれ到来すると考えられていた「縮小する未来」がコロナによってその到来のスピードが速まっただけで,決してまったく想定していなかったことが起こったわけではないと考えることができるのではないでしょうか。

まちの将来像,ビジョンは未来において実現される「ありたい姿」であり,現在の我々がビジョンを描く上では,そのビジョンが実現される未来から見てどう見えるか,という「未来からの視点」が必要だと私は出前講座でいつも言っていました。
しかし私自身,仮想する「縮小する未来」に身を置き,住民の幸せを実現するために必要なものをすべて選ぶことができない厳しい現実の中で持つであろう「未来からの視点」をきちんと持てていただろうか,自問自答する日々です。

我々のまちの将来像を描いているマスタープランも同じです。
5年後,10年後,20年後にどのようなまちになっていたいか,市民,議会,行政一体となって作り上げたまちの将来像は,すでに人口推計上明らかな「縮小する未来」を想定できていたか。
どこかに「少なくとも現状維持したい」という気持ちがあり,それが「少なくとも現状維持できる」という前提となって未来を夢想してはいなかったか。
本当に収入が減少し,その範囲内で自治体運営を行わなければならないとしたら,10年後,20年後の未来の市民に何を遺すのか,絶対に欠かすことのできないもの,後世に引き継ぎ実現したいビジョン(将来像)は何なのか。
それは,今後各自治体が直面する非常に厳しい緊縮財政の中で明らかになってくるはずですし,明らかにしていかざるを得ないと考えています。

「縮小する未来」をきちんと現実のものとして受け入れ,何を捨て,何を遺すか。
その実現方策を考え,市民の納得いく合意形成に至るためには,現下の危機感の共有,何が大事かという価値観の共有,そして「ありたい姿」の共有が必要であり,そのためには多様な立場の市民がそれぞれの立場を超えて互いの胸襟を開くことができる対話の場が必要です。
そういう意味で,コロナの影響を受けて急速に迫る「縮小する未来」を舞台にした“SIMULATION2030”の開発,普及が今こそ求められていると思います。
ちょうど,3年前に作ったご当地版“SIMULATIONふくおか2030”の全面改訂を進めていたところですが,コロナの影響で作業がストップしていますので,この際コロナバージョンにシナリオを改訂し,皆さんにお届けできたらいいですね。

★「自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?」について
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