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財政出前講座が果たした役割

2012年8月,消防局での開催を皮切りに,私の福岡市職員向けの「財政出前講座」は始まりました。
区役所,保健所,美術館や博物館などの出先機関だけでなく,本庁内の部局からも多数お声がけいただき,財政課長在籍の4年間で合計84回,延べ2100人以上の職員さんと財政に関するお話をさせていただくことができました。

この4年間の職員向け講座では皆さんご存じの「出張財政出前講座」とは違って,対話型自治体経営シミュレーションゲーム“SIMULATION2030”との併用を行っていなかったので,ひたすら自治体財政の構造や現況,将来見通しを説明し,なぜお金がないのか,なぜ毎年シーリングがかかるのか,なぜ枠予算制度が導入されたのか,ということを説くだけの座学講義90分でした。

今更ながら,ここである疑問がわいてきます。
私が財政課長として4年間続けてきた職員向け財政出前講座は,私が実現しようとした「対話の場」だったのでしょうか?
先週からずっと投稿してきた記事の中では,私が「対話」に出会いその魅力にひかれ,それを財政課に戻ってきて実践したかのような書きぶりでしたが,職員向け財政出前講座は,質疑応答の時間はありましたが基本は座学。
講師である私から一方的に提供される情報を受け止めてもらうだけの場でした。
これって,あなたがアメリカで学んできた,福岡に帰ってきて渇望した,オフサイトミーティングで体得した「対話」とどう関係があるの?
そういうツッコミに今日はお答えしたいと思います。

私は,出張財政出前講座で“SIMULATION2030”を体験してもらった後で必ず「対話」に必要な二つのこととして「情報共有」と「立場を超える」を掲げます。
同じ情報を共有すること,そのうえで自分の立場,視点を離れ,物事を俯瞰することは,相手の言葉をよく聞き,その意味を先入観なくとらえ,互いの共感をベースに建設的に着地点を探っていくのに必ず必要になる,という話です。

予算編成においても,多様な立場の者がそれぞれの利害を一方的に主張しあうのでは,その調整は困難を極め,それをたった一人の財政課長に担わせるのは無理だというのが私の考えで,このため庁内での「対話」が必要だと思い至ったわけですが,現実問題としては予算編成の過程そのもので「情報共有」はできるとしても「立場を超える」対話などあろうはずがありません。
予算要求する側の「要るものは要る」と,査定する財政課側の「ない袖は振れない」という主張が対立し,予算編成という限られたスケジュールの中でギリギリの調整を行っていくわけですから「立場を超えて,自由に,気軽に」などと悠長なことを言っている場合ではありません。
すでにそこは議論の戦場なのです。

しかし,少なくとも「情報共有」によってその戦場に持ち込まれる案件の数をあらかじめ減らすこと,あるいは持ち込まれる議論の質を高めることは可能だと私は考えました。
自分たちの自治体が置かれた財政状況を正しく理解し,何にお金がかかっているのか,どうして既存の予算を削らなければならないのか,なぜ新規の予算獲得が難しいのか,を同じ情報として共有することで,個々の施策事業の予算案を立案する前に一定の前提条件での地ならしが可能になります。

職員向け財政出前講座はまさにこれを狙ったものでしたが,講座はそれ以外にも私が思いもつかなかった役割を果たしてくれました。
ワークショップなどでおなじみの,参加者同士の緊張感を解きほぐし,場を和ませ,これから行われるワークそのものへの期待感を膨らませるアレ。
そう,「アイスブレイク」です。
職員向け財政出前講座そのものが福岡市役所の中で「対話」を進めていくうえでアイスブレイクの役割を果たしたのではないか,と私は思うのです。

講座は「財政課から嫌なことを押し付けられる」のではなく「財政のことを自分ごととして考える」場にしたいという私のこだわりにより,財政課主催の説明行脚ではなく,開催したいと注文いただいた職場のみに対して依頼をお受けすることとし,日程設定,会場確保,参加呼びかけから当日の運営まで開催に係る手間はすべて各部局にお任せする「自主開催」というスタイルを貫きました。

また,主催者には開催後に必ず,感想や当日の写真などをまとめ,職員専用掲示板に掲出していただくようにお願いしました。
これは,私自身が話した内容をレポートするよりも,参加者がどう感じたのかをシェアしたほうが講座の内容に興味がわくだろう,そうすれば自分たちの職場でも開催してみようという話になるのではないか,という魂胆だったのですが,主催者が楽しみながら作った壁新聞は予想以上に出来栄えがよく,このおかげで口コミが広まり,講座の開催が連鎖していったことは驚きでした。

私からは,職員専用掲示板にオフサイトミーティングでの「ゆるーい対話の場」づくりについて投稿し,職場や立場を離れて自由に気楽に思いのたけを語り合える場の魅力を伝える傍ら,職員向け財政出前講座を始めた意義や福岡市の財政状況,枠予算制度に予算編成手法を改めた理由などについても,私個人の言葉で語りかける投稿を続けました。
これも財政課長という肩書を脇に置いて生身の体で語ることで,少しでも職員の皆さんが出前講座に参加することや開催を企画することへの心理的ハードルを下げたいという一心でした。

「自発的に」「楽しみながら」「心理的ハードルを下げて」といったこだわりが功を奏し,各職場で開催された講座では,小難しい話にもかかわらず自分の時間を割いて自発的に聴くという奇特な聴衆の皆さんから,どの会場でもまるでホームゲームであるかのような歓待を受け,心地よく話すことができました。
そして,予算編成時に財政課長として予算要求側と対峙するあのピリピリした感覚を忘れさせる不思議な場を重ねることで,私も参加された皆さんも心の中に自然と張りつめていた氷の壁が解け,変に身構えることなく互いの言葉に真摯に耳を傾ける「対話」のための心の準備ができていったように思います。

職員向け財政出前講座は,それ自体は必ずしも参加者と講師である私との直接の対話の場ではありませんでしたが,財政課が現場との相互理解を求めているという意思表示になり,組織同士が互いの意見に耳を傾け,厳しい財政状況の中でも一丸となって自治体を経営していくうえで立ちはだかる壁,それぞれの対場の持つ心理的な壁を崩す「アイスブレイク」の役割を果たしてくれました。
講座が,単に「情報共有」だけでなくこの壁を崩す役割を果たしてくれたおかげで,組織の間に横たわる緊張感や不信感が緩和され,そのことで組織同士での意思疎通がうまくいき,互いの意見を尊重しながら信頼関係を構築し,組織間の「対話」による建設的な意思形成ができるようになったのではないか。
当時を振り返って今,そう感じています。
最初からそんな風にうまく設計して始めたわけではないんですけどね(笑)。

★「自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?」について
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