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魔法の杖じゃない

所得制限を世帯単位で?
世帯で所得を把握していないのに
どうやってシステムで要否判定するの?
魔法でも使わない限りできっこないわ
#ジブリで学ぶ自治体財政

ここで何度か取り上げた,18歳未満の子への10万円給付については,所得制限を設けたうえで現金5万円の給付を先行させ,残りの5万円はクーポンによる支給が予定されているとのこと。
このうち,所得制限については現行の児童手当の給付要件である「主たる生計維持者の年収960万円未満」を採用することになりましたが,共働き世帯が増加している現状で,夫婦どちらかしか働いていない世帯との世帯間格差が問題視され,世帯単位での収入基準を設けるべきだとの声が上がりました。
また,クーポンでの支給事務について現金よりも多額の事務経費がかかることにも批判の声が上がっています。
いずれも批判はごもっともなのですが,自治体で実務を担当する者からすれば,もっと内情をきちんと知ってから政策立案するなり批判するなりしてほしいというのが本音のところです。

所得制限のある給付事務というのは,実は膨大な事務が発生します。
国民の所得は課税によって把握されており,その情報に基づけば容易に所得による線引きや対象者の紐付けが可能と思われていますが,それは大きな誤解で,国は課税のために国民が申告した所得や資産の状況に応じて課税すべき客体とその課税すべき額を把握しているにすぎず,世帯単位での把握はおろか,個人単位での名寄せすら完全には行われてはいませんし,その内容を他の行政事務に利用するためには法令で定めるものを除けば改めて本人の同意が必要です。
また,個人に紐づいた税務情報を自治体の持つ住民情報と連携させ,当該給付のために対象者ごとにその給付額を確定し,確実に給付するには,その事務に必要となる膨大な情報処理を迅速かつ正確に行うために,その給付事務に特化した情報システムの開発が必要になります。
給付の相手方の存在とその給付を受ける意思の確認を行うために通常本人からの申請行為を必要としていることから,通常,自治体において所得制限を行う給付事務を行う場合は,①税務情報と住民情報の連携による対象者の抽出(基準日時点での住民としての給付資格要否判定を含む),②対象者への送付書類(制度周知チラシ,税務情報連携のための本人同意,申請意思確認書類)の作成,③宛名印刷,④郵送の手順で事務処理を行い,その各過程で誤作業のチェックを行うことになります。
これはまだ入り口に過ぎず,このあと申請書が送り返され,その内容を確認し,本人が指定する方法で必要な給付額を給付することになります。
これを全く白紙の状態から始めれば相当な準備期間が必要になることから,既に稼働するシステムとして構築されている児童手当の枠組みを活用することとしたというのが実態です。
クーポン配布はさらに事務を要します。
偽造防止措置を講じたクーポンの印刷(電子マネーであればその流通に必要なシステム開発),利用できる店舗の登録,利用店舗でのマニュアルの作成,利用店舗からクーポンを回収し換金する事務局の運営,クーポンが一定のエリアでしか使えない場合にはエリア単位でこの事務が発生します。
無謬性や公平公正性が常に求められる政府や自治体が国民,市民にお金を配るというのはそう簡単なことではないのです。

以前の記事で私は,よりよい自治体運営のためには市民の「行政運営リテラシー」の向上は必須であると書きました。
地方自治体の財政構造や財政状況,年度の中での収支均衡の意味,基金や借金の役割と効果などへの財政に関する基礎的な理解と政策目的を達成するための効果的なお金の使い方についてのある程度の想像力がなければ,とんでもない愚策が実現されてしまうリスクが存在します。

また,政策選択においては自治体として多様な背景を考慮し苦渋の選択をしていますが,市民には見えにくい部分で持続的な財政運営ができるよう体質改善にも取り組み,安心して市民生活が営めるための縁の下の力持ちとして日夜行政運営に取り組んでいることも市民に理解してもらわないといけません。

しかし,そもそも,選挙で選ばれた市長も、それを選んだ市民も、公務職場で仕事をしている我々公務員と同等に自治体財政の知識を持ち合わせているわけではなく,選挙でうけの良い愚策が実現することを憂慮するのであれば、まずは自治体運営の「中の人」としてそのイロハを理解しているはずの職員自らが、自治体運営のプロとして自分たちの自治体の財政について、あるいは政策について、市民がわかる言葉で語ることができるようになり、市民の行政運営を読み解く力=リテラシーの向上を図るべきである,と力説してきました。

しかし,今回の給付金をめぐる騒動,あるいはコロナ禍の中で昨年から繰り広げられている自治体でのワクチン接種をめぐる国と自治体との意思疎通不足が生む現場の混乱でもわかるように,リテラシーの向上を図るべきは,財政制度や政策の構造,意思決定の仕組みといった行政運営の根幹に係る部分だけでなく,我々自治体職員が常日頃どのような法制度やシステム環境下で,どのような手順で実務を行っているのか,正確,公平,迅速に事務を遂行するためにどれだけの労力をつぎ込んでいるかについても知ってもらう必要があるのではないかと感じています。

役所は魔法の杖ではありません。
与えられた命題を処理するためには一定の資源と時間を必要とします。
国民,市民が求めるものが政治的なプロセスを経て決定された場合にその方針に抗うことはありませんが,資源も時間も与えられずに確実な実行を求められ現場が疲弊し混乱するということが実際に起こっています。
この問題を解決する一つの手段が,政治家や国民が,我々公務員が実際に汗を流している現場の状況を知り,理解し,あわよくば共感してもらう,そういった意味での行政運営リテラシーの向上が求められています。
その実現に向けては,我々公務員が声を上げる必要があるのではないかと思いますし,実情を共有するうえで,我々公務員が役所ムラの中に閉じこもることなく外の世界に足を踏み出し,日頃からの対話,交流を通じた関係を構築するということが重要になってくると思うのです。

★自治体財政に関する講演,出張財政出前講座,『「対話」で変える公務員の仕事』に関する講演,その他講演・対談・執筆等(テーマは応相談),個別相談・各種プロジェクトへの助言・参画等(テーマ,方法は応相談)について随時ご相談に応じています。
https://note.com/yumifumi69/n/ndcb55df1912a
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
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