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二匹目のワニの口

赤字だからお金を借りたい?
構わないけど返せる稼ぎはあるのかい?
借りた金は返す。返せない金は最初から借りない。
そこはわかってるんだろうね?
#ジブリで学ぶ自治体財政

先日開催された全国知事会で,兵庫県の井戸知事が新型コロナウイルスの影響で激減する税収の補てんのために,現行法では認められていない「赤字地方債」の発行を認めるよう求める発言をされたとのこと。
以前「借金をしていいのはどんな時」で書いたように,国は、必要な支出の額に対して収入が足りないときは収入と支出のギャップを埋めるために「赤字国債」を発行することができますが,地方自治体では赤字を埋めるための借金は認められていません。


このコロナ禍での経済活動の減退で国も地方自治体も令和2年度の決算において大幅に収入に穴が開くことでしょうし,現在編成中の令和3年度予算においても,これまで同様の税収を見込むことが難しく予算案として収支均衡を図ることが難しいことが冒頭の井戸知事の発言に結びついています。
旧自治省出身の知事がこのような発言をされるということは,地方自治体として相当に追い詰められているということなのでしょうが,現行制度で本当に対応できないのか,対応するとどういう問題があるのかを理解したうえでこの問題を考える必要があると思います。

地方自治体の財政運営において税収が大幅に減少した場合の対策としては,まずは不要不急の事業への予算執行を取りやめるなどにより「①支出を抑制」することがあげられますが,急激な収入減少に対応して直ちに事業を取りやめることが困難な場合が多いことから,多くの自治体では緊急時に柔軟に対応するための調整財源として過去の決算剰余金を積み立てた財政調整基金等の「②基金を取り崩し」,令和2年度の支出に充てることで乗り切るものと思われます。
これに加え,税収が減少しても安定的に行政サービスを提供するための措置として「③減収補てん債」というメニューが現行制度でも用意されています。
以前,「頼みの綱には頼りがち」で「地方交付税」の仕組みの説明をしましたが,地方交付税は,国が自治体運営について最低限度必要だと認める「基準財政需要額」を保障する仕組みで,自治体税収の75%を基準財政需要額に充ててなお不足する額を地方交付税として交付することになっています。


この交付額算定の前提となる自治体税収が減れば,地方交付税だけでは自治体運営ができないので,その減収を補てんする額を借金してよいというルールですが実際に減収になった地方税の75%しか補てんできないので残り25%に当たる部分も借金できるようにしてほしいというのがこの発言趣旨のようです。
国がこの要望を認めるかどうかは国の令和3年度当初予算編成での議論次第ですが,現行制度で国が財源保障をするのは基準財政需要額の範囲とし,これを上回る部分は地方が独自の施策に充てているという整理がなされている以上,簡単ではないと思っています。

では,①支出削減,②基金取り崩し,③減収補てん債の発行だけで収支の不均衡を補うことができなかった場合はどうなるのでしょうか。
決算の時点ですでに行った支出に対して収入が不足する場合は「④繰上充用」,すなわち翌年度収入を前借りして現年度の収入不足に充てることになります。
前借りした額は翌年度に歳出として計上し,その年度の収入で賄うことになりますので,翌年度にそれだけの収入確保が別途見込めない場合には非常に苦しい財政運営になりますが,赤字になった場合はこれしか方法がありません。
これら4つの手法はいずれも令和2年度の決算対策としては有効ですが,繰上充用は実際に赤字になったということを補うための措置なので,令和3年度の予算編成において財源不足が見込まれてもその時点であらかじめ赤字前提の予算を組むことができないので,予算編成においては繰上充用以外の方策で対応することになり,これが今,非常に窮屈だということなのでしょうね。

先ほど現行制度で認められていないと説明した赤字地方債ですが,実は収支不均衡を補填する借金のメニューはすでに存在します。
2003年に全面施行された「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」では,地方公共団体の財政状況を統一的な指標で明らかにし、財政の健全性を評価する「健全化判断比率」が一定のラインを超えた地方自治体は「早期健全化団体」または「財政再生団体」として指定され,財政健全化に関する計画を策定して議会の議決を受け,国の指導監督のもと厳しい歳出削減や収入確保策を講じて財政再建を果たさなければならないこととされています。
このうちより事態が深刻な財政再生団体として指定され財政再生計画を策定した自治体では,収支不足額を補填する「再生振替特例債」の発行が認められます。
これはまさに「赤字地方債」なのですが,財政再生団体になり,国からの指導監督を受け財政の再生を図る団体にしか認められない特別な借金です。
現行制度においてこの財政再生計画を策定し,この市債を発行した地方自治体は過去に1例,長年の財政赤字を会計操作で粉飾し実質赤字比率700%(標準財政規模の7倍の赤字!)という負債を抱えて財政破綻した北海道夕張市のみ。
この負債の大きさと財政再生の道のりがどれほど大変なものであったかについては,いろんな文献がありますので,各自でご参照願います。

今回,全国の自治体を襲ったコロナ禍。その中での税収不足に対し赤字地方債を求める声は今後高まるものと思われますが,地方自治体が財政赤字を借金で埋めることについて現行制度では厳格に慎むこととされています。
その趣旨は,赤字に陥った自治体は最終的に歳出削減や歳入確保により自力で再建せざるを得ず,そのためには身の丈に合ったサービス規模へと縮小することや公共料金値上げなど住民に負担を求めることが必須となり,財政再建の厳しい道のりについて十分に市民,議会に了解してもらう手続きが必要だという考えに基づいています。
このコロナ禍で訪れた財政危機は,臨時的な税収減の一時的な補てんで対応できるものなのでしょうか。
もともとあった恒常的な収支不均衡が顕在化しただけなのかもしれません。
だとすれば,来年以降の収入見込みや歳出削減の見込みを十分に精査せず,必要な見直しについて市民,議会の了解をとることなしに安易に借金による補てんを認めることは,問題の先送り,焦点隠しになってしまい,そのことが夕張市の轍を踏む最初の一歩になると私は思うのです。

「会計年度独立の原則」で書いたように,私たちは原則として、年度の収入で賄えないほどの臨時的なものを除いて、現在の自分たちが収める税金の範囲でしか行政サービスを受けられません。


「入るを量りて出ずるを為す」で書いたように,「足りなければ借りればいい」という逃げ道があると「足りないから無駄な支出を抑えよう」という意思が働きづらくなり,一度借りることに慣れてしまうと本来の収入の範囲に生活水準を落とす努力を怠り足りない分をさらに借りてしまうことになってしまいます。


今年だけ,臨時的に,特別な措置を,という甘い言葉で罠に落ち,国と同じように開きっぱなしのワニの口になってしまいはしないか,私は危機感を覚えます。
そうなったときには自治体の再建はますます遠のき,夕張のように非常に厳しい再生計画を実行せざるを得なくなり,あるいはひょっとすると再建をあきらめなければいけない自治体が現れるかもしれません。
そうならないためにはここで歯を食いしばり,もし仮に収支不足で赤字が発生した場合には厭うことなく早期健全化団体あるいは財政再生団体の指定を受け,現行制度の枠組みの中で計画を立て,市民,議会の同意を得てしっかりと再建を果たしていくことが将来の市民に対する責任なのではないかと思います。
そうなった場合のために,財政再生計画における計画期間の考え方については夕張の例も踏まえもう少し柔軟にしてほしいとは思いますけどね。

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