語用論と哲学の話
暗黙のルールは差異で浮かび上がる
私たちは何気なくことばを話している。きっと大多数の人にとって当たり前すぎてことばを話せない状況など想像もつかないだろう。
しかし、同じニュースに対してもSNSなどの反応を見れば反応は千差万別で、中にはこちらの想像を遥かに超えた書き込みを見かけることもある。
読解力の問題と片付ける人もいるかもしれないが、それだけでは済まないのでは?と最近考えている。もちろん基本的な文章を読み解く力は重要だが、更に一歩踏み込んで考える必要性を感じている。
その1つが同じ文章でかつ表面的な意味は同じように理解していたとしても肯定的に捉える人と否定的に捉える人がいるし、感情的に反応する人と冷静に反応する人もいる。恐らく内容について同じ意味として分かったとしてもその後の行動は正反対のものになるかもしれない。
つまり、書かれた内容のみならず、その文章の文脈や意図、書かれた背景のような物にも目を向けることが重要なのだ。それが機能してようやく深い議論やコミュニケーションが可能となる。
ことばの落とし穴
ことばは一見便利なようだが、実は相当曖昧な要素を含んでいる。そのため表面上は悪口ではなくても文脈や意図の組み合わせによっては誹謗中傷になることも十分あり得る。
それまでではなくても、発達障害の特性がある人が正直に事実を言っただけのつもりだったのに、相手に悪意があると認識されてトラブルに発展するといったケースは往々にしてある。
周囲の大人たちが「人の悪口を言ってはいけません」と注意したとしてもこの手のトラブルの場合、言った話の意味だけでは悪口ではないから言った本人にしたら理由が分からずに叱られるということもあるだろう(実際私自身も身に覚えがある)。
それはそれで不幸なすれ違いとなるが、意図のすれ違いというのは大半の人にとっては当たり前過ぎることもあってか私自身すれ違いの機能については説明できてもなぜそれが悪いことなのか?については周囲の人には説明できても言語の構造にまで落とし込みきれていなかった。
一応大学の卒論も語用論的なアプローチについて書いたこともあり、語用論的な問題だということは理解していたが、他人特に発達障害の特性がある人に支援をする場合感覚的にそれはまずいよね、ということは分かるだけでは問題解決まで導きにくい。論理的かつ構造的な理解と説明できることが重要だ。
まさにピッタリ!
数ヶ月前Twitterで私が考えていたような話題の本『悪い言語哲学入門』(和泉悠著・ちくま新書)が今年出たことを知ったので早速購入して読んでみた。
読んだ感想は「おお、これこそ私が考えていた悪口を言ってはいけない語用論や哲学的理由の裏付けだ!」ということ。発達相談にやってくる子どもたちはほぼ全員言語もしくはことばの遣い方に困難さを抱えている。
一番難しいと感じているのは他者との複雑なコミュニケーションで、就学後特に顕在化してくるのが嘘やデマといったことばの形だけでは見えない思惑などとどう付き合うか?ということだ。
もちろんコミュニケーションの支援や指導を行うこともあるが、個別指導などで事前に練習しても粗は出てしまうから長期にわたって根気強く周囲の人が接していく必要がある。それだけ人間は複雑な情報を組み合わせながら処理しているのだ。
「そのうち覚えるものでしょ?」と思うかもしれないが、様々な理由でそれがうまくいかない人は一定数存在するし、脳の疾患や外傷などである日突然そうなることもあり得る。
感覚の世界はそれだけ脆い面がある。だからこそ人は言語を発明し、他者とつながるという生存戦略を作り上げたのだ。
悪意に巻き込まれないために
残念ながら自分の存在価値を高めたり他者とつながるために憎悪などネガティブな感情を煽る人は一定数存在する。
言語を巧みに用いて他者を自分の思惑通りに操作しようとする場合も多いから、人間社会で暮らす以上ある程度この手の言語表現への対策は不可欠だと個人的は考えている。
親御さんの中にはそんな危険な社会にに我が子を送り出すことを否定的に捉える方もいるが、それは外出すると事故に遭うかもしれないから、と家に引き籠もるようなものだ。
だとしたら、今回ご紹介したような本などを参考に、ことばや社会の有り様について考える習慣を身につけることや、より深く話し合うためのルールやマナーを身につけるも必要だと私は思う。
差し当たっては
・子どもたちがこの手の悪意ある言説に巻き込まれていないか見守る
・ことばの表層と裏にある意味合いを確認しながら話し合う機会を設ける
・形式(表面や建前)と実態(いわゆる本音)のギャップや存在を考える
・ことばやルールといった約束事が必要な理由を考える
あたりは今からでもできることだろう。
一方でそのような悪意が生まれたり、人が悪意に惹きつけられるのにも訳がある。言語と哲学というこれから必須の知識に興味ある方にぜひ手に取ってほしい本である。
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