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挨拶が大事かどうかは分からないけど関係作りには最適解だという話。

次女の登校に付き添ったときの話ーー。

先日、朝から登校を試みるも、どうしても下駄箱前の扉から足が止まって入れなくて、ちょっと泣いていた次女。

あー、無理させたかなぁ、休ませたらよかったかなぁ、どうしようかなぁ、なんて悩んでいたところに、仲が良いといってたKちゃんが登校してきました。

Kちゃんが、めそめそして泣いている次女の顔を少し覗き込んできたので、次女に「お友達きたよ!一緒に行ってみる?」と伝えたけども、次女は顔をあげません。

Kちゃんはそのまま通り過ぎ、無言で靴を履き替え始めました。

私は、無言で通り過ぎてしまった様子を見て、(うん、やっぱり学校にあまり来なくなると、どうしてもそうなっちゃうよね…)なんてネガティブに考えてました。

まぁ、そんなことより次女をどうするか。どうしても足が前に出ない目の前の次女に、「宿題だけ提出して帰ろうか」と声を掛けると「うん」というので、教室まで行くことにしました。

やっとこさ動き出した次女から目を離し、ふと前を見ると、なんと、Kちゃんが下駄箱の少し先の廊下で待っていてくれたんです!こちらの様子を伺いながら。

(え、ドラマか何か?めっちゃ嬉しくない?)と、心の中で小躍りしちゃう私。こういうの、嬉しくないですか?笑

とぼとぼと歩く次女の横に、すっと並んで歩き始めるKちゃん。めそめそしながらも、Kちゃんの様子を伺いつつ並んで歩く次女。2人は、教室までの廊下を無言で歩いていきました。

そんな様子を見ながら、心の中を感動でいっぱいにして後ろをついていく私。でも、こういうの、うれしいよ、素直にね。

教室まで無言だけど、並んで歩いていって。教室まではほんとにほんとに無言だったけど、Kちゃんの優しさを、私は勝手に噛み締めていました。

きっと、寄り添うってこういうこと。友達って、いいね。

っていう感動話にしたかったその帰り道。

わたしはそっと寄り添ってくれたKちゃんのことが嬉しくて、その気持ちを次女に伝えたくて、「Kちゃん、教室まで一緒にいてくれたね。嬉しいね。」と言ってみました。

すると、次女からは「うん、でもどうしてそうしてくれるのかわからない…。」と返ってきたんですよ。

「え、Kちゃんは次女のことが好きだから、心配してくれてそうしてくれたんだと思うよ?」と、思わず口からこぼれてしまいました。

でも、ちょっと待てよ、と。たしかにKちゃんの気持ちはわからない。だって無言だったんだもん。

私は寄り添ってくれたと感じたし、勝手にそう解釈してしまったけど、本当はどうだったんだろう。いや本当に心配してくれて、次女のことを気にしてくれているのは間違いないのだけど、言葉にしないとわからないのも事実なんですよね。

わたしもよく夫に言います。言葉にしないとわかりまてん!!って笑

でもなぁ、言葉にするのも難しいってこともあるし…とは思うんですよ。要望は言葉にしないと伝わらないけど、寄り添ったり、心配してるよっていう気持ちって、どう言葉にしていいかわからないってこと、ないですか?

気持ちを言語化するのって難しい。心配してるよ、愛してるよ、好きだよって、言葉にするの、難しい。気持ちを可視化できたらいいのに。

私は、少し悩みつつも勝手にKちゃんの気持ちを決めつけるよりも、次は次女からもアプローチできたほうが2人の関係性にも変化があるはずと考え、「じゃあ今度Kちゃんに会えたら、『おはよう』って言ってみようか。」と伝えてみました。

次女は「うん」って言ってくれたけど、挨拶、できるかな。

なんで「気持ちがわからない」に対する行動が「挨拶する」なのかって、きっと次女から挨拶をすることでKちゃんも言葉を掛けやすくなるんじゃないかって思ったんですよね。上にも書いたけど、関係性を変化させるために。

無言で歩くってことは、お互い様子見ってこと。心配はしてるけど、どう言葉を掛けていいかわからない、そもそも、言葉を掛けていいかもわからない。そんな状況だったと思ったんです。

気持ちや考えを言葉で伝えるのって、とても難しいです。でも、会話をすることで、本音や本心が言葉としてこぼれ落ちてくることもあるわけで。

そのきっかけが、挨拶だったりするかもしれない…というか、挨拶がいちばん手取り早い。

挨拶って、大事ですよ、っていうと、その言葉だけに一定数反発する人がいるんだけど、会話のきっかけ作りには欠かせないものだと、私は思ってます。別に仲良くなければしなくてもいいんじゃないかって思うけど、仲良い友達なら、挨拶ってしたほうが関係性は良くなるよね。

ましてやまだ語彙力もあまり育っていない子どもとなれば、挨拶から始まる会話とか、挨拶からのコミュニケーションの取り方とか、そういうのを身につけていくのがいいのかなって思います。

自分を知ってもらえたら嬉しいし、その分、相手のことも知りたいと思えるようになるかもしれない。

掛ける言葉に悩むなら、心配してる気持ちを伝えたいなら、心配してくれてるのをわかったなら、まずは「おはよう」って言ってみようって。そして、私が手伝えることがあるとしたら、そういうコミュニケーションの取り方もあるよって教えることなんじゃないかなって、この日、思いました。

ここからは余談。

10年近く前、夫が、「社バスの運転手さんが挨拶しても返してくれないから、もう挨拶しない。」って言ってたんですよ。

でも、そのときに「挨拶って自分がしたくてするもんじゃないの?っ」て言ったことがあるんですよね。返ってこないからしないってするのもひとつの手だけど、バスの運転手さんなら毎日送迎してくれてる人なんだし、自分がしたいから続けるっていう手もあるんだよって。

それで、夫はこの言葉に何か思ったみたいで、それ以降挨拶が返ってこなくてもずっと挨拶し続けてたら、段々バスの中でも話すようになってきて、会話も盛り上がるようになってきて、いまではそこそこ仲の良い友達になったようです。

バスの運転手さんが退職されるときには、LINEまで交換したそうですよ。

もちろん結果論ですけど、挨拶がその後の関係づくりにつながったっていう話として紹介しました。

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