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居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         P36

3.山本 皐月 故郷は遠きにありて①

 認知症……。
 それは患った本人より寄り添う家族にとって辛い病なのだろうか……。
 大切な人が知らない人になってしまう。
 自分の事がわからない。
 そして……
 患った本人が正常なつもりなのが一層…辛くせつない……。

「あ、お父さん! やっと見つけた!」
 夕暮れの街、まだまだ寒さの残る春先。
 散歩に出ていた父を私はやっと見つけた。

 もうすぐ90歳になる父が認知症の診断を受けたのは去年の今頃だった。
 その為、父は一人暮らしができなくなった。
 母はもう何年も前に亡くなり、それから一人暮らしをしていた父だった。
 幸か不幸か私は長年勤めていた会社を定年退職し、子供達も立派に独立していた為、夫と一緒に同居する事にした。
 幸い夫は定年後もそのまま嘱託職員として務め続けられたので経済的には困っていない。
 ただ夫の職場が少し遠くなってしまった事は申し訳ないと思っている。

 父の身体は至って丈夫で、足腰もしっかりしている。
 その為、目を離すと近所を徘徊してしまうのだ。

『お邪魔しました。家に帰ります』
と、一方的に宣言してふらふらっと外出する。

 近所ならばまだよい。
 どうかするとバスや電車に乗って知らない場所まで行ってしまう。
 何度バスや電車の終着駅へ迎えに行った事だろう……。
 市内の福祉サービスで高齢者がバス運賃無料になった事も大きい。
 バスに乗って遠出してしまうのだ。
 電車は運賃が無いと乗れない為、今は現金を持たせない事で利用できないようにしているし、駅員さんから連絡がもらえる事も多々ある。
 服に連絡先を書いた布を貼り付けたり持ち歩くバックにGPSを付けたりし迷子にならないよう工夫した。
 もちろん目を離さないつもりではいるが、それでも気がつくといなくなっているのだ。

 今日も今日とていつの間にか出ていってしまっていた。
 父の日課の徘徊(散歩)。
 父の外出直後に気がつければ私も父に付き添って近所を回り、父の気が済んだ頃に買い物を済ませ一緒に帰宅していた。

 だが、ほぼ毎日がそれだ。
 正直…付き合いきれない。
 付き添って歩く私の方がクタクタだ。

 それでも何処かで事故や事件に巻き込まれでもしたら…と、心配しながら父を捜す日々……。
 日を重ねる毎に娘である私の事もわからなくなりつつあるので余計に心配だ。
 哀しいけれど…これが【老い】というモノなのだろう……。

居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて②

 へ続く。

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