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居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         P37

3.山本 皐月 故郷は遠きにありて②

 私が父を見つけた時、父は駅そっくりの店舗(?)の前にいた。
 何の店だろうか…と考えながら店に近づく。
 駅ではない…駅ではないはずなのに駅にしかみえない佇まいの店……。
 駅名の如く掲げられていた看板には【旅が好き〜列車居酒屋〜】と書かれていた。

 なんと言うか…私が幼い頃に父に連れられて帰省した時に利用していた乗り換え駅の佇まいによく似ている店構えで…これで本当に居酒屋なのだろうか…と首を傾げざるをえない……。

 奇妙な店。

 しかし、店に気を取られている場合ではない。
 私は父に近づいてなるべく優しく声をかける。
「お父さん。もうすぐお夕飯だから戻りましょ」
 この時、気をつけなければいけないのは『帰る』と呼びかけない事だ。 
 下手に「家に帰りましょう」と、呼びかけて自宅まで連れ帰っても
「私の家はここじゃない!」
と、言い出してゆずらず家に入ろうとしないのだ。

 父が帰ろうとしている家がどこなのか……。
 私には…わかっては…いる……。
 父の散歩(と言うよりは徘徊)に付き添っていた時に聞き出したのだ。

 父が言うには
「帰る家は棚田と段々畑に囲まれていて屋根が茅葺きだ」と……。
 それは…父の故郷の生家の特徴だった。
 
 両親や兄姉と共に生活した家……
 進学の為に家を離れるまで過ごした故郷の家。 

 ただ…残念な事に…その家はもう存在しない……。
 父の生家の有った村は過疎化が進み…統廃合され…住む人もいなくなり…廃村になったのだ。

 帰りたい……。
 幸せだった子供の頃のあの家に帰りたい……。

 夕暮れ時になるとその思いが強くなって父は徘徊してしまうのだろう……。

居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて③

 へ続く。

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