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手は。
手はだめなんだ。
気持ちがダイレクトに伝わる。
想いが隠しきれない。 


第1章【青春編】

大学時代、本人たちは核心に触れたことがないのに、想いを口にしたことがないのに、なぜか周りには公認の男子がいた。

卒業を間近にひかえ、部活のみんなで記念動画を撮ることになった。

企画を考えた女子2人が、いろいろとシチュエーションを考え、さらにどのメンバーにやらせるか指示していた。いわゆるキャスティングだ。

その中で、キャンパス内の小さな坂道を、手を繋いでスキップしながらくだるシーンがあった。
古い人ならわかるかも知れない。
食器洗剤“チャーミーグリーン”のコマーシャルのやつだ。
スキップと言うか、足を右に左に軽く蹴り、仲良くリズミカルに歩く感じ。

それをわたしと例の男子にやらせようと言うのだ。
せっかくの動画作り。断るわけにもいかず、なんとかスタンバイについた。
が、手を繋ぐのがどうにもこうにも恥ずかしくて。
お互い口にしたことがない「好き」の気持ちが、もはや隠しきれないと思ったのだろうか。周りは謎に公認だったのに。
恥ずかしさに耐えかねたわたしは、季節が冬だったこともあり、手を繋ぐにあたり、なんと手袋をつけたのだ。ワンクッションあればいけそうだと。

あとで、その男子が「ショックだった」と言っていたと聞いて、大変申し訳ない気持ちになった。

結局彼とは、行き違い、すれ違いばかりで、恋人になることはなかった。

お互いに家庭を持ったが、今も大切な親友の一人である。


第2章【なみだ編】

「白紙に戻したい」

恋人から言われた言葉。
突然ではなかった。
いつしか得体の知れない不安がつきまとい、段々と自分が自分でなくなっていって。
だから、どこかで予感していた。

でも大好きだった。
好きで仕方なくて不安だった。

そんな恋人からのひと言。

予感はしていたのに受け止められなかった。

「い、一旦ってことだよね?」

弱々しい震える声で、懇願するようにそう聞いた。

なんにも言わない彼。

思わず彼の手を握る。

その手は温かくも冷たくもなく、そしてピクリとも動かなかった。

あ、ほんとうなんだ……。

ココロが凍りついた。

わたしから手を握ったのはこの時が初めてだった。  

3年前、お互いに好きだった気持ちが確認できたのは、出会って数ヶ月後のこと。
周りの友達はまだ知らない。
そんな友人たちと街へ買い物に出かけた。
彼らの後ろからわたしたち2人は歩いていたが、ふいに彼が手を繋いできた。
そして悪戯いたずらそうな笑顔で、繋いだ手をぶんぶん振った。

前を歩く友人たちにバレやしないかとハラハラした。
でも嬉しかった。
友達が振り返りそうになると、わたしはさっと手を離した。

それからも手を繋いでくるのはいつも彼からだった。
手と手で嬉しい楽しい気持ちが伝わり合って、とてもしあわせだった。

肩を抱かれたり、腰に手を回されるのはちょっと苦手で。
単純に重いし歩きづらいし、むず痒い感じがした。

だから彼とはよく手を繋いだ。
手に触れると大好きが増すようだった。
そう言えば、「この手、さわれるだけで幸せだよ」なんて言ってくれてたな。
わたしは一度も言えなかったけど。
同じ気持ちだったのに。

ずっと繋いでいられると思っていたその手が、ほんとうにサヨナラを言っていた。
3年の月日がぼろぼろと崩れていく。
いや崩れたのはわたしのココロだったのかも知れない。

遠い遠い昔のことなのに、今も時々、あの時の痛みが思い出される。


手は。
手はいい。
安心する。
気持ちが落ち着くんだ。

どうか大切な人と手を繋いでほしい。恋人、友達、夫婦、親子。
つらい時、寂しい時、嬉しい時。
なんでもない時にも。

手は口ほどに物を言う。

ああ、久しぶりに手を繋いでみたいなぁ。







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