本気で「月が綺麗ですね」と言われてしまったときの丁寧な断り方
昨晩は“スタージャンムーン”と呼ばれる8月の満月だったらしい。
あいにく私の家の窓からはうまく見えなかったが、何歳になっても月が綺麗だと言われるとつい夜空を見上げてしまうものだ。
さて、「月が綺麗」といえば。
逸話かどうかの議論はさておき、「月が綺麗ですね」とは「I love you」の適当な訳し方として夏目漱石が放ったとして知られる名言である。
日本人は「我君を愛す」などという直接的な表現はしない――という理由には確かに同意するが、しかし実際に告白シーンで「月が綺麗ですね」と表現する人はなかなかの猛者だろう。
何故かは分からないが、私はそんな猛者に人生で2度も出会ったことがある。
どちらもけして月が綺麗な夜ではなく、私は「そうですね、まぁ私のところからはよく見えませんが」と暗喩を込めた事実を述べて、相手を深く傷つけてしまった。
実際に言われて初めて気づくことだが、「月が綺麗ですね」という言葉は、意味を知らない人はもちろんスルーするだろうし、意味を知っている人も知っているうえでスルーしたくなる。
だいたいビルやマンションが立ち並ぶ現代の東京において、声に出したくなるほど月が綺麗に見えることなど年に1、2回あるかないかである。
建物の横からやっと顔を出した、半月とも満月ともつかない中途半端な月を見上げながら「月が綺麗ですね」とポツリと呟かれても、正直隣のスカイツリーの強大な光にかき消されてしまうのだ。
それにしても、「月が綺麗ですね」と言われたときの正しい断り方は、ググっても案外出てこないものだ。
二葉亭四迷の「死んでもいいわ」はよく対となって出てくるが、断りの際に誤用してしまったらそれこそ死にたくなるだろう。
いつか来るかもしれない3度目に備えて、私はうまい返答の仕方を探す。
やはり同じく夏目漱石の言葉が良いのだろうか。
恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。
――夏目漱石「こころ」
一瞬悪くないなと思ったが、よく考えると返答としては意味不明だ。
今告白をしてる人なのだから、そりゃー恋の満足はまだ味わえていないだろう。
しかももし暖かい声で「月が綺麗ですね」と言われてしまったら、使い物にならない。
たいていの男は意気地なしね、いざとなると。
――夏目漱石「行人」
何だか違う気がする。
たぶん伝わらないし、よくわからない方向に盛り上がってしまいそうだ。
もはや引用でなくても、これくらいシンプルな方が分かりやすいのだろうか。
No, thank you.
I love youと言えない日本人に対して、Noと言える日本人になってみる。
持つべきものは、強い心である。
あるいは、夏目漱石とほぼ同時代を生きた文豪としてよく比較される森鴎外なら、何か良い言葉があるかもしれない。
日の光を籍りて照る大いなる月たらんよりは、自から光を放つ小さき灯火たれ。
――森鴎外「知恵袋」
これだ。
これはナイスだ。
「月が綺麗ですね」の返歌として使えば、「月」という言葉を掛けながらも「他人の言葉を借りて自分を大きく見せるのではなく、自分の言葉で語りなさい」という意味にできる。
これなら一度ちゃんと考え直してもらえそうだ。
しかし繰り返しにはなるが、私の経験則上、そもそも告白文句として「月が綺麗ですね」を実用するのはあまりオススメしない。
他のすべてのタイミングが揃ったそのときに、月が綺麗である保証はない。
まったくない。
ちなみに、同じ夏目漱石でこんな言葉もある。
僕の存在には、あなたが必要だ。どうしても必要だ。
――夏目漱石「それから」
もし本気の告白シーンで耳にするのであれば、私はこっちの方が随分好きなのだけれど、皆さんはいかがでしょう?
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