夢を集めて(大作)

・アフリカかインドのような土地に滞在をしている夢を見た。
だんだんとこの場所にも慣れてきて、この頃は、肌の色や彫りの深さが私とは違う人々の表情が、なんとなく読めるようになってきた。ここに来てから毎日、バスやタクシーを乗り継いで宿と市街を行き来している。ここのバス時刻表はまるで当てにならない。タクシーの値段も交渉次第で決まる。毎回、適正運賃までまけてもらえるように交渉をする。タクシー運転手はびっくりするような値段をふっかけてくる。しばらく世間話や笑い話などを交えながら価格交渉が繰り広げられる。少しずつ打ち解けながら、友人のように振る舞い、それなら負けてあげないといけないねってところまで持っていくのに相当の時間をかける。運賃の合意がとれた時は、お互いに大笑いをし合う。ここでは、タクシーもバスもそうとう年季が入っていて、動いているのが不思議に思えるような車体ばかり走っている。タクシーを探すときは、ドアやシートベルト、タイヤがちゃんとついているかをはじめに確認するようにしている。
 宿への帰り道、今日もなんとかバス停からタクシーに乗り継いだ。タクシーに揺られながら、大きな駅の近くを通る通っている。車窓から外を眺めている。駅の近くの路上に、荒い籠状のお面を振って踊る4人組が見える。ちょうど駅を通り過ぎたときに、そのお面は、人間と同じくらいのサイズの、立体的な三日月の様な形に変化した。そのお面は、コロコロと地面を左右に行き来する。先ほど踊っていた人が、そのままお面の中に入って操っているのだ。彼らはこうしてお面を売っているのだろう。しかし、彼らは強引に売り付ける気はなく、距離をとって、こちらにその踊りを見せつけてくる。タクシーの同乗者は大体別の話をしていて、私の視線の先にあるものを見ていない。
 ふと、自分の顔は、彼らから見たら異国の旅行者の顔をしているのだなと気がついた。ここに来てだいぶ経つ。私はいつのまにか、このまちの人々と同じ顔で振舞っているつもりになっていた。けれど、もし今ここに鏡があったら、私は違う肌の色をしていて、違う造形の顔をしていることに気がつくだろう。私は今、ここでは異質で、目立ってしまっているのだなと思い当たる。少しがっかりする。でも、自分が自分の顔を忘れていることをとても面白いと感じた。
 宿の近くのバス停に着いた。バス停の裏には壁打ち場があって、ゴムボールの様な物を壁に投げながら、同行者3人で時間を潰す。今日の旅の同行者のうち、1人Aさんとは今朝合流したばかりだ。Aさんは私とは旧知の仲だ。Aさんと私には、共通の知り合いのBくんがいる。Bくんはここにはいない。私は今朝(夢の中の今朝)、Bくんが出てくる夢(夢の中の夢)を見た。私はそのBくんが出て来た夢の話をAさんに伝えたい。しかしそれをまだ伝えられていない。Aさんにその話をすると、なんだか野暮になってしまう気がしているからだ。私は今朝の夢(夢の中の夢)を思い出している。目の前では、Aさんともう1人の旅の同行者が壁に何かを打ち付けつつ、会話している。私はそれを眺めている。夢の話は切り出せない。
 今朝の夢(夢の中の夢)では、Bくんが、大きなスクランブル交差点で「ダレモワルクナイ」と叫んでいた。Bくんのその叫び声を道ゆく人は誰も聞いてはいない。聞こえていない。Bくんは、本当は声など出してなかったのかもしれない。私はかなり遠くから見ている。Bくんの口元をの動きを見ている私には、彼がそう「ダレモワルクナイ」と言っているのがわかる。私と一緒にいた、夢の中の、今より少し若いAさんもBくんの叫んでいることがわかるらしい。遠くのスクランブル交差点で叫ぶBくんの口の動きに合わせて、私は大きく声を出す。「誰も悪くない」自分の発した大きな声で、私は今朝目覚めたのだ(夢の中の朝)。
 この話を壁に何かを打ち付けているAさんにしたいけれど、野暮になる気がして、タイミングが違う気がして、何も言えずに、ただ笑って壁打ち遊びを見ている私がいる。私はBくんのことを、とても良い、好ましい人物ですねとAさんに伝えたいと思っている。しかし、それがうまくできないことに、歯痒さを感じている。でも、だからといって、こんなことを伝えることは、アフリカ滞在中の今、必ずしも必要なことではないとも考えている。次々発生するこのまちの人々との交渉や、全身を使ったコミニュケーションに、なんとかギリギリ対応して、今日も生き抜くことが一番の重要事項だからだ。それに、このまちで「誰も悪くない」と叫ぶ理由は何もない。あれは、此処とは遠く離れた日本の、あのまちの、あの雑踏の中でしか意味を持たない叫びだったのだと思い至る。ここでは、きっと声は届く。それに加えて、行き交う人々は必ずちょっかいを出してくるだろう。もしもこのまちで叫んだら、周りの人々が「ダレモワルクナイ」「ダレモワルクナイ」と片言の呪文のようにからかってくるだろう。
 「ダレモワルクナイ」ってなかなかいい響きだな、と思って目が覚めた。

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