雪嫌いの女(中編)

家から駅まで徒歩15分
ここに引っ越す前は『駅まで15分とか、めっちゃ良いじゃん』なんて思ったけど・・・正しくは『駅から天気の良い日に全力ダッシュして15分』だった。
つまり、こんな雪が降る日は15分で駅につく訳はもちろんなく
「・・・」
休みたい気持ちが90パーセントを占める中、社会人としての義務を果たさなければという僅かに残った責任感だけで、足を前に進めていた。

すれ違う人たちも、私と同じように顔をしかめながら歩いている。
ああ、なんでこんな思いをしてまで、自分は会社に向かわないといけないんだろう。
リモートワークの会社が羨ましい。
『家にずっといると、逆に仕事とプライベートの切り替えが難しくて大変だよ!』なんて2人の子どもを持つ友人が愚痴っていたけど、今の私にとってはそれが嫌味に聞こえてしまう。
友人は資格を持っていて、産休と育休が終わるとそれを活かせる職業に転職していた。
『やっぱ、子どもの事とか考えたらね・・・極力家にいた方が良いかなーって旦那と話してさ、私も今の仕事は別に好きでやっていた訳じゃないし、良い機会かなあって思ってたら、旦那の祖父が経営している会社で働いてみないかって言われてね!』
・・・いま考えたらやっぱりアレは嫌味というか、私に対するマウントだったのかもしれない。
「へえ!そんなんだ!大変だね!!頑張って!!」
そう言って、早々に話を終わらせた自分を思い出して、ますます気分は下がっていく。

もう29歳
結婚していて、子どもがいて・・・それが『当たり前』の年齢だという認識はある。
けれど、今の時代は『結婚』だけが全てではないし、昔よりずっと自由に生きられる。
それなのに、どうして私は将来のことなんて考えられなくて
仕事に対する熱意もなくて、
大嫌いな冬にこうして外にでて、会社に向かっているのだろう
私の人生は、このままずっと
何かしらに不満を抱えながらも、それを変える勇気もなく
『いつか誰かが、なんとかしてくれる』なんて、ありえない希望を抱いているのだろう。
大人になったら、何かを変えるには自分で行動を起こすしかないなんて
とっくのとうに気が付いているのに・・・

ああ、吹雪いてきた。
冷たい風が、肌に突き刺さる。
手袋なんて、まるで意味がないかのように指先が動かない。
あれ、おかしいな。
いつもなら、こんな気持ちになっても
すぐにそれすらどうでも良くなってしまうのに
なんで、なんで今日は
こんなにも、足取りが重くなってしまうんだろう。
はやく、駅に行かないと
会社に行かないといけないのに・・・

「痛っ・・・」

慌てたせいで、雪に足をとられて捻ってしまった。
よく見ると、ブーツのかかとが取れかかっている。
最悪だ。こんな日に限って・・・どうしてこんなことに。
雪の積もった狭い歩道では、立ち止まると後ろから歩いてきた人に迷惑だ。
それなのに、どうして、私の足は動かないんだろう・・・
ああ、やっぱ傘を、ちゃんとした傘を持ってくるべきだった。
折り畳み傘なんて、こんな雪じゃ役にも立たない。
大人なんだから、こんなことで病んで、足が止まっちゃうなんて
気持ちを落ち着かせようとすればするほど、なんだか泣きそうになってきた。
後ろから、足音が聞こえてくる。
せめて、後ろの人が通れるようにしないと・・・

「あ、大丈夫ですよ。僕がよけるんで」

優しい声がした。

「あ・・・」

「すごい雪ですよね、大丈夫ですか?」

きっと、前を歩いていた私が急に立ち止まったから
心配してくれたのだろう。
吹雪のせいで顔はよく見えないけど、声からすると
同じ年齢くらいの男性だ。

「だ、だいじょうぶ、です・・・」

「あっ、靴が!」

男性の視線が私の足元へ向いた。

「あ、いや、大丈夫です、これは、元から・・・こうなっていて」
元からかかとが外れている訳でもないし
大丈夫でもない。
でも、こういう風に答えるのが『当たり前』だろう。

「うーん・・・」
男性は何か考える素振りをしている。

「あの、どうぞ、道をふさいでしまってすみません・・・」
足の痛みよりも、早くここを立ち去りたい気持ちの方が勝った。

「ちょっと、これ持って!!」

男性は急にため口になったと思えば、私に傘を押し付けた。

「えっ、ちょっと!!な、なんですか?!」

戸惑いながらも、うっかり傘を受け取ってしまった。

その瞬間

「よいしょっと!」

「はあ?!」

私の身体が浮いた。
いや、正しくは、この状態は・・・信じられないけれど

私は名前も知らない、顔をよく見えない男性に
吹雪の中でお姫様抱っこをされていた。

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