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なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか?その3

男役たるもの、絶対に座らない!

男役の命でもある「パンツのライン」。
男役なら全員気を使います。
男役の正装である燕尾服のパンツには、側章といって縫い目に添って細い布がついています。
この側章が床から垂直に、ウエストに向かってまっすぐであることが、「パンツ姿が美しい」基本なのです。
そのためには、自分のサイズにあったパンツであることはもちろんのこと、シワ一つ無いことが男役の美学なのです。

クタクタでも、休むときは壁にもたれて!

パンツにシワをつけないようにするためにはどうするのでしょうか。

そうです。座らないことです。
男役は、ひとたびパンツをはいたら絶対に座りません! 
座らないといったら絶対に座りません。

今でも覚えていますが、私が星組に配属になった研二(入団二年目)のことです。
初日を二日後に控えて朝からショーの舞台稽古をしていました。朝十時から夜の十時まで本番に近い形での稽古です。
朝からお化粧もして衣装も着て舞台でスタンバイ。
ですから、生徒は八時半くらいには楽屋に入って用意をしていますので、出ずっぱりのスターやダンス場面に多く出ている人となると夜十時までほぼ休みがありません。
休憩はお昼と夜にそれぞれ三十分程はありますが、衣装点検や早替わり室でいろいろな用意をしていると無いようなものです。休む間も無く次から次へとやることがあり、体力的にも大変なのですが、上級生の男役のみなさんは、衣装を着たら出番待ち
が一時間であろうと二時間であろうと、どんなに疲れていても椅子には絶対に座らないのです! 
夕方にもなればクタクタになるはずですが、みんな壁に寄りかかったり、ソファの高い方の背に斜めにもたれて休むのです。

なぜでしょう。

パンツのラインを美しく保つためです。
自分の股関節のあたりに絶対にシワを作らないためです!
そのために椅子に座ること無く、それでも何とかして一番楽な状態を保っているのでした。
男役の全員がかなりくたびれながらも、いろいろなところに斜めに寄りかかっている姿を見て、舞台を踏んで間もなかった私は、男役とはそれくらいパンツのラインの美しさにこだわらなければならないのだと心にずしりと響いた出来事でした。

これは、トップスターでも新人でも同じなのです。
それ以来、私も上級生を見習ってずっとそうしてきましたし、いまだに舞台衣装を着て座ることはありません。

「美しくあること」には見えない苦労が隠れているものなのです。


「なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか?」桐生のぼる著書より 
                              
                         つづく・・・