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幸せは1200円で十分買える

GWの連休中、東京に住んでいる昔からの友人とオンライン通話をした。昔から僕たちの仲間内が通話で使うアプリはもっぱらSkypeだったが、久しぶりに使用したら通信が悪いのかアプリが悪いのか、何度か通話接続をやり直す必要があった。

昔はこの手の通話ソフトといえばSkypeが1番に挙げられたが、コロナ禍でzoomやteamsなどが登場し、昔から僕たちが使ってきたSkypeよりも普及が進んでしまった。「みんなで通話する時もどっちかのソフトに移行したほうがいいかもな」との話も出たが、馴染みのものを置き換えるのもなんだか少し寂しい。

それぞれ家庭が出来てから頻度は減ったものの、県外に住みながらも今だに仲の良い友人たちとはこうして定期的に通話をする。昔はただひたすらバカ話や無駄話しかしてこなかったものが、30歳を目前にすると家庭やお金の話題が増えてくる。

子育ての話とか家の話とか仕事の話とか、それらの話の結末はたいてい「やっぱり金が欲しい」に着地する。お金に余裕があれば子供に対してもたくさんお金をかけられるし、大きな家も建てれられるし(今日通話した友達は東京暮らしで特に家のことには悩んでいた)やりたいことがたくさん出来る。

こんなに世の中みんなお金のことで嘆いてばかりだなんて、失われた30年、経済成長をしないばかりか無駄な政策で実質賃金が下がるばかりの日本は、これから本当に大丈夫だろうか。例えば他の国だったり過去の日本は、今の僕と同じ30代はどんな悩みを抱えていたのだろう。

最近『ザイム心理教』を読んでまたそんなことを考えながら日本の経済が心配になっている今日この頃。(『書いてはいけない』も気になる)

まあ今回はその話は別として、「金ばっかりあっても仕方ないのは事実だけど、やっぱりお金は不自由無いくらいには欲しいよね」という話をした。

例えばHIKAKINなんかはすごいお金を持ってるけど、忙しすぎてお金の使い道が足りてないのか、ただただお金が有り余っているせいか、動画で高級食材をたくさん食べたりしている。

「そんな高いもんばっかり食えるようにならなくても、すき家のうな牛食えるだけで十分幸せだよね」

そこまで余るほどお金はいらないし、別にお金持ちになりたいわけではなくて。1000円くらいで食べられる美味しいものはたくさんあるし、サウナに行ければとりあえず幸せだし。大金が無くとも幸せは買えることを知っているけど、今はまだある程度我慢をしながらしかお金を使える余裕が無い。

自分の願望を全て叶えた家をまた建ててみたいとか、ある程度余裕がある生活を送れるようになりたいとか。それだけのお金さえあれば十分満足だから、やっぱり目指すは小金持ちくらい?と、最終的にその答えに辿り着いて「あ〜お金欲しい〜」とまた嘆いて終わった。みんななりたいよね、小金持ち。


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