見出し画像

小さな島で魔女に殴られた話その2

車は看板の方向に脇道を入っていく。
柑橘の農園の間にある道は
だんだんと細くなり、私も心細くなってくる。

「ねぇ、もうこの車じゃ無理よ。引き返そうや」
「ほうやな」

さすがの夫も無理だと思ったようだ。
少し前方には道のど真ん中にシルバーの軽自動車が止まっていた。果樹園の人が作業でもしているのか。
広くなった所があったのでUターンをして
戻ろうとすると、
そのシルバーの軽自動車から
細めで背が高く、メガネをかけた年配の女性が
走ってバタバタ手を振りながら出てきた。

「助けてくださいーーーー」

え、なに。
思わず車を止めて窓を開ける。
年配の方かと思ったけど、白髪が多いだけで、
そんなに私たちと年は変わらないようだ。

「車が脱輪しちゃって」

軽自動車を見ると、
なるほど右後ろのタイヤが側溝に落ちていた。
ありゃ。

「しばらくがんばってたんだけど、誰も来なくて」

この人ひとりで来たんか。

「尾道から、灯台でも見ようと思って
来てみたら道が細くなって不安になったんで
引き返そうと思ってバックしたらタイヤが落ちたんですー」
「JAFとか入ってないんですか」
「それが使わないので去年やめちゃって」
「去年」

そりゃ大変だ。
早速お手伝いをすることにしたのだが
私ら2人でなんとかなるんかな。

とりあえず私と夫で車を持ち上げて
女性(以下Oさんと呼ぶ)にアクセルを踏んでもらい
車を前に出してみることにした。

私たちは車の真後ろで
足を踏ん張ってリアバンパー辺りを持つ。
エンジンがかかってOさんはアクセルを踏んだ。
両足に力を入れて車体を持ちあげようとした
その途端

「い!!!!!!!」

腰に稲妻が(しかも特大の)走った。
ぎっくり腰ぃ?!!

ホントはそのまま少し坂になっている道路を
うわぁぁと叫びなから転がり落ちたいくらい
痛かったがとりあえず踏みとどまる。
車は当然上がらない。

あ、足、動く?
私、歩ける?
激痛に耐えながら少し動いてみると
なんとか歩ける。
夫に言う。

「こ、腰、やっちゃった…」
「ええっ!大丈夫か?」
「なんとか、うごける…うう」
「こっちはええけん、車戻って座っとけ!」

とは言え、このまま夫だけに任せるわけにもいかない。このあと夫がひとりで車持ち上げて
同じくぎっくり腰になったら
私たちは家に帰れないかもしれない。

何も知らず車から出てきたOさんは
「やっぱり難しいですよね。JAFに相談してみます」
と言ってスマホで連絡し始めた。

なんとかJAFに来てもらえることになり、
(尾道からなので2時間くらいかかるらしいが)
Oさんは丁寧に言った。
「本当にありがとうございました。
あとはひとりで待ちますので、どうぞ帰ってください」
しかし女性ひとりこのまま置いておくのも
心苦しい。しかももう夕方が近い。

「ひとりで不安でしょうから、
JAF来るまで一緒にいますよ」
腰の痛みに耐えながら私は言った。
Oさんはホっとしたのか、
メガネの奥の目が笑った。















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?