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前前任者

今の仕事に就いて15年は過ぎた。
前任者は2年で辞めて
前前任者は7年半務めた。
そのせいか、ウチの職場の人たちには
前任者の記憶がほとんど無く、
前前任者の記憶が強いようで
私も働き始めた頃はよく名前を間違えられた。
どうも雰囲気もよく似ているらしく、
「なんか感じ似てるんだよねぇ」と言われたことも
一度や二度ではない。

さて、写真や人の噂でしか知らなかった
そんな前前任者が、昨年いきなり職場に現れた。
名前をMさんとする。

「◯◯さんにウチの会社のエアコン買ってもらったんで、お礼持って来たんよ。
本人に言っておくのでここにお礼置いとかせて」
ドカッと置いた大きな段ボールの中身は、
どうもミネラルウォーターのようだ。
「◯◯さん多分コレいらんと思うんで、アナタ貰いんさい」
いや、そんな勝手に決められんし。
(◯◯さんミネラルウォーター嬉しそうに
持って帰ったし)

Mさんはめちゃくちゃ早口で
あれこれ自分の話をして帰っていった。
息子が公務員なこと、
両親と息子と4人暮らしなこと、
◯◯さんの息子と自分の息子が同い年なこと、
息子が職場でパワハラに合っていて
辞めたいと口癖のように言っているが、
ボーナスの時だけ元気になること。

ひとつの質問もされなかったので、
おそらく私のことは名前すら知らないし
興味もないのだろうと思われる。
年は少し上だが、
想像以上にパワフルな人だ。

私、似とんか。あんなに早口か。
あんなに動きが小刻みか。
いやいやいやいやー。
と心で全否定した。

その後職場の人たちに
「私そんなにMさんに似てますか?
似てないですよねぇ」
と聞いたらみんなが無言になったのは
気のせいにしておく。

さて今年に入り、
再びMさんはやって来た。
なんでも先日まで務めた職場を辞めて、
新しい仕事に就くので、
過去の職場の就業証明書が必要らしい。

「私メールやなんやらで
同僚に嫌がらせされててさー、
キレて暴れて机蹴ったんよねー」

キレて机蹴ったて。

「パワハラで労基に訴えてやるって言ったら、
会社から暴力行為で訴えるって言われてさー。
しぶしぶ自己都合退職にされたんよね。
あと3年で定年やったのに我慢できんかったんよ」

Mさんは強く言った。
あんまり後悔していないようだ。
それはそれで潔い。
潔い女性は大好きだ。

「私今から畑手伝いに行くんよー」
よく見れば動きやすそうな服を着ていた。

散々話したあと、
Mさんは就業証明書を持って帰って行った。
個性的で面白い人だと思ったが
似ている点においてはやっぱり納得できそうにない。
でも心に残る、
なんとなく元気がもらえるおばちゃんであった。

また来てね。


(了)
















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