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続・本当に怖くない猫の話 「坐禅する猫は怖くない」

来るべき時が、来てしまった。
何でも屋の元に、猫の捕獲依頼が届いた。
逃げ出した迷い猫ではない。
春から庭にやってくるようになった成猫3匹を捕まえてほしいというのである。
捕まえた後は、その依頼人ではなく依頼を仲介した依頼人の依頼人、結婚相談所「ハッピープラス」で働く何でも屋の同僚がしばらく預かる。
そして、人馴れをさせてひっかいたりせず、ご飯もトイレも覚えたら、引き取り手を探す。引き取り手が現れなければ、依頼人に頼んだ依頼人が3匹とも引き取るということだ。

「なんでその人は最初からその猫を自分で引き取らないんですか」

「ちょうど、下の子どもさんが春から大学生になって、家には旦那さんと二人になるそうなんです。旦那さんはたまにその猫たちに餌をやって、飼うのもまんざらでもないそうなんですけど、子どもたちがいなくなって猫たちの世話を一人でする自信がないとおっしゃってました。猫で家族が円満になる話も聞くけれど、ご主人が本当に猫を可愛がるかわからないし、可愛がったところで、どっちがどう世話をしたくないとかで揉めたくないと。でも、ずっと庭に通ってくる猫たちをみるとかわいそうになるから、とりあえず捕獲して、だれも引き取りてが現れないなら飼いたいということなんですね」

「なるほど」

よくわかるような、人間の勝手な都合のような難しい話だ。要するに猫を飼って、良い結果が得られるかわからないから飼いたくないということだ。
しかしまあ、何でも屋や依頼人のような独り身なら、猫の世話も可愛がることも自分一人の責任だが、家族がいたらいたで、その責任の所在があいまいになって難しいところもあるのだろう。

春から大学生になった娘さんは外の猫を1匹引き取りたいと、ペット可のマンションを借りて猫を飼う気満々なのだが、飼いたければ社会人になってからにしなさいとその依頼人の依頼人は決して許すつもりはないらしい。

だったら、もう実家で猫を飼ってしまえばよさそうなものだが、3匹というところも問題なのだ。1匹だけ拾って、他は外で暮させるというのも心情的に難しい。どの猫かが弱れば、拾わなければならないと思ったところだが、幸いにしてまだ3匹とも元気そうなので、何か深刻な病気になる前に人間との暮らしを与えようと決心したということだ。

「多分、捕獲は出来ると思うんです。旦那さんが一度は膝にのせて庭のベンチで寝ていたそうですし。綺麗なお庭のおうちなんですよ。ベンチや東屋があって、ご主人が庭の手入れをするのが趣味なんだそうです」

「へえ、そうなんですか。ちなみに、その人たちとはどういうお知り合いなんですか。ご親戚ですか」

「いいえ、ブログで知り合ったんです。庭について奥さんがブログで日記に書かれていて、素敵なお庭ですねと私がコメントしたところからやりとりが始まって、猫のことを聞いたんです」

つまり、全くの赤の他人の悩みの解決のために依頼人は何でも屋に依頼してきたというわけだ。
目の前の依頼人のほぼ専属に近い「何でも屋」となっている彼は、出された紅茶を膝の上のネコクロ猫に届かないようにして喉を潤しながら、SNSで赤の他人とつながるとこの不思議さを考えた。

依頼人の依頼人は猫に情が移っていながら、猫を飼う決心がつかなかった。しかし、とりあえず保護するだけならと全く赤の他人の依頼人がブログで知り合ってアドバイスした。
そのブログというのも自分ではなく夫の趣味の庭について書いたものであり、依頼人は結局はブログを書いた本人ではなく、その夫が作る庭と餌付けした猫に惹かれて知り合ったということなのだ。

ちぐはぐなような、よく辻褄があっているような。
出来すぎた物語のように、昼ご飯を依頼人の家で馳走になった後、依頼人の依頼人の美しい庭先に行くと、庭の東屋の椅子やベンチに三匹三様の場所にいた猫たちは目をしばしばさせながら、座禅するように尻尾をお尻に巻いて三匹とも美しい姿勢で待っていた。
そばに座れば順番におやつに釣られて膝に乗ってきた。
キャリーに入れる時には多少暴れて、運転の妨げになるほど、ニャーニャー3匹で鳴いていたけれど、動物病院に連れていった後は思ったほどの大騒動にはならなかった。
というのも、予定とは違って、3匹とも翌日に元居た家に帰ったからである。

「もう庭で猫たちの姿が見られなくなるのか・・・」

庭の達人は車に乗せられた猫たちを見て寂しそうであった。

「仕方ないでしょ。外にいたら、猫たちは病気になってしまうのよ。植物だってケアがいるでしょ。猫は温室用なのよ」

そんな旦那さんをよく分からない理屈で慰めていたと思ったら、自分の方もずいぶんと寂しかったようだ。庭を出て病院に連れて行く段になって、実は、すでに避妊去勢済みであると何でも屋は庭の達人にこっそりと打ち明けられた。
何でも子供の方にも飼ってあげてほしいとずいぶんせがまれていたようだ。大学受験後に子どもからいろいろと猫についての知識を吹き込まれて、いてもたってもいられず不妊手術だけはと病院に連れていったらしかった。

そして、結局は猫たちは1日もしないで出戻って、時折人間の夫婦共々喧嘩しながら家の中で飼われているそうだ。

やれ、猫が脱走しただの、ごはんを食べ残すだの、夫にばかり甘えるだの、奥さんのブログの内容も庭から猫の話に様変わり。いや、庭と夫と猫と行ったり来たり、日常生活の中に彩りが加わったようだ。

猫たちは庭の主人であったと夫は懐かしがる。
けれども、猫は今でもよく庭を眺めて、庭を気に入っていることに変わりはないと奥さんは微笑みながら、ブログに書くのである。

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