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本当に怖くない猫の話 Part.3

半年前に仕事を辞め、失業保険が切れてから何でも屋を始めた男の一日は暇だ。数年前に亡くなった祖父の家で一人暮らし。庭の手入れをするのが、両親と約束したその家に住む条件だったので、毎朝少しずつ庭木を切ったり手入れをしている。朝ごはんを食べたら、毎日ネットフリマに古物を一つ出品してわずかな収入の糧としていた。今月は臨時収入があったので、朝食が豪華になった。ベーコンエッグ、コーンポタージュ、蜂蜜トースト、フルーツヨーグルト、深入りコーヒー。男の理想の朝食だ。

余ったコーヒーをカフェオレにして男・・・何でも屋がネット検索をしていたら、可愛い猫の画像に行きあたった。たくさんの猫の画像が載っていた。しかもいろいろな種類がいる。何でも屋は現在、猫の見合いの依頼を受けていた。今まで思いつかなかったが、ここなら依頼者のお眼鏡にかなう猫が見つかるかもしれないと何でも屋は考えた。前もってもらった1万円は経費として使用すべきだろう。何でも屋は、1万円を握りしめ、少し遠出することを決意した。

ガタンゴトン、ガタンドドン。キキ―。

電車が駅に到着した。潮風の匂いが辺りに漂っている。何でも屋は都心の店にいくのは気が向かなかった。

「ようこそお越しくださいました!」

エプロンをつけた薄化粧の女性が受付に立っていた。そこで1000円を支払うと、何でも屋は入り口の水道で手を洗い除菌スプレーを手につけた。

ミャーミャー、ニャー。

早速子猫がすり寄ってくる。部屋には獣の匂いが充満していた。

男はしばらく寄ってくる子猫たちと戯れた。猫じゃらしやおもちゃ、猫のおやつは別料金だった。猫カフェとは案外お金がかかるものだと驚きつつも金を払って、猫たちの反応を見た。

ミャーミャー。

しばらく待っても子猫しかよってこない。大きい猫は寝ているか、棚の上で警戒したように見下ろしている。子猫は可愛いが、用があるのは成猫だ。何でも屋は店員に声をかけた。

「すみません。こちらは、猫の譲渡もされているとネットで見たんですけど、ケージの中の猫とか見せていただけませんか」

客が人懐っこい猫と触れ合えるスペースのほかに、透明の巨大なアクリルパーテンション仕切られた場所があり、そこで猫たちが自由気ままに過ごしている。

何でも屋は知人が猫を一匹飼っており、その猫と相性の良さそうなオス猫を探していると話した。

「すべて避妊去勢済みですか・・・」

何でも屋は保護猫譲渡の説明書きを読みながら、その条件の多さに思わず渋面を作った。

「ええ。成猫ということなら、そうですね。こちらで、すべて避妊去勢しておりますので、そちらの費用はかかりません。しかし、猫を飼うのは、とってもお金がかかるんです。年間50万円以上かかると覚悟してください」

「えーと、ネットで調べたところ、年間15万円くらいが平均だと読んだんですが・・・」

依頼人は金持ちだから猫を飼う費用の問題はないが、ネットで調べたものと違った情報に男は戸惑った。何でも屋自身、子供の頃に実家で猫を飼っていたが、それほど金がかかるという話を家でされたことがなかった。

「ご家庭で猫を1匹飼っていらっしゃるということなので、あらかた猫グッズがそろっていらっしゃると思います。でも2匹飼うということは倍以上お金がかかると思っていただきたいですね。たとえば、この猫ちゃん」

「糖尿病なんです。インスリンとか治療費がかかります。今推定10歳くらいですかね。漁村にいたので、オスにしては性格は穏やかで人なれしてます」

いきなり現実をつきつけられて、探偵は黙り込んだ。なるほど、保護猫というのはそういうことが多いわけだ。

「もし、この子をお引き取りなら、毎日餌を作ってあげて、仕事をせず、一日家にいる方が必要ですね。それが難しいというなら、たとえばこの子」

今度は店員の女性は茶トラの猫を持ち上げた。

「綺麗な縞模様でしょう。じつはこの子スコティッシュフォールドという品種なんです。ただ、人気の垂れ耳ではなかったのと、足が悪いので捨てられたみたいで、うちにきました。甘えん坊で可愛いんですが、いろいろと注意が必要です」

「注意とは?」

「噛み癖がひどいんです。ですから、噛み癖を治すトレーニングにお引き取り後も通っていただきます。家の中もこの子が傷つかないように家具がきずつかないようにしていただく必要があります。たいていの安い爪とぎは破壊しますから、頑丈なものが必要ですね」

「なるほど、他の猫は?健康な猫はいませんか」

強い猫が良いという依頼人の希望だが、いささか強すぎるようである。健康な猫を求めたにも拘わらず、店員は白血病の猫やエイズの猫、猫風邪が治ってない猫、足の悪い猫などを次々と紹介した。もう1匹猫がいると説明しているのに、移る病気は困る。足の悪い猫は候補にいれたが、海外の品種の猫であまりに大きく優美でかえって依頼人の希望に合いそうにないと探偵は考えた。また、引き取った後の説明も長すぎた。身分証の提示や定期的な報告はまだしも、住んでいる環境をアポなしで突撃で見に行くとか、餌は毎日作らなければならないとか、あるいは一人暮らしはダメとあった。依頼人は独身だ。一人暮らしかはわからないが、そこそこ金持ちだとはわかっている。目の前の店員の素性もわからないのに、もし一人暮らしの女性だったら、高級な調度品のある部屋に素性のわからない人間を入れるのは危険である。

「ええと、ワクチンとか打たないといけないのはわかりました。普通の猫はいませんか」

「こちらの猫ちゃんは穏やかで優しいですよ。ただ、食事のこだわりが強いので、毎日違う食事を作ってあげてくださいね」

「はははは」

何でも屋は店員の言うことをもはや適当に聞き流した。食べなければ考えなければいけないが、毎日の食事チェックでもなければ適当に報告をすれば良いことである。大体、半年間も毎日報告なんてありえないではないか。渡された綺麗なキジ白の猫をよしよしと撫でながら、何でも屋はふと気が付いた。

「この子雌ですか?」

「女の子ですよ!」

店員は何だかムッとしたように答えた。どうやら、目の前の店員は話が通じないようだ。聞けば1匹1匹の猫の説明はインターネットのサイトに書いてあるそうだ。壮大な徒労を感じながら、とりあえず、すべての猫を1匹1匹見せてもらうと、何でも屋は帰路についた。そして、依頼人に保護猫のサイトを教え、各猫たちの紹介をしていったが、引き取った後のいろいろな条件を聞いた後で、却下となった。


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