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【閑話休題】猫は猫様に

こんにちは。猫様の夜が長く、お相手する私も寝付かれなくなってきました。昨夜は薬がよく効いて眠ってしまったので、猫は母に代わりに構ってもらおうとどすッと腹に乗って怒られてしまったようです。涼しい夜は猫の格好の遊び時間です。

子どもの頃、夏目漱石の「吾輩は猫である」を真似て、擬人化した小話を書こうという授業がありました。何を題材にしたのか、多分時計だった気がしますがよく覚えていません。

今更ですが、猫の擬人化をやってみたくなりました。

全ての猫様に愛を。

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私は猫。名前はセミ。居ついた家の庭先でそう呼ばれるようになりました。

どうしてこの家を選んだのか。多分、そこにいたからとしか言えません。何匹かの兄弟とお母さんと一緒にいたような気がしますが、ある日草原でみんなより寝過ごしているうちに、あるいは、草原で虫をおいかけていた途中で立ち止まってせき込んでいた隙に、みんなとはぐれてしまったのでしょう。

この家の庭にはいつも口にタバコを咥えた男がいて、そのタバコさんの膝の上で眠るのを気に入っているうちに、この家に居つくことになってしまったのです。

今より小さい時分、私は自分の居場所をもっと探しておりました。タバコさんの家には、屋根付きの家屋が3つあって、たばこさん家族が入っていくのは一番きれいな建物です。

まだ私が幼かった緑の眩しい季節、私は網戸になった玄関先でタバコさんとその家族が出てくるまでポツンと座り込んでいました。いつか中にいれてくれるのではないかと期待しておりました。しかし、雨が降るようになっても、私は土臭く獣臭い車庫入れになっている方の家屋の隅に白い網格子の入れ物を置かれ、夕方のご飯の後にその中にお人形のようにしまわれてしまうようになったのでした。

タバコさんの御隣の北と西と南のおうちにはそれぞれ出かけたことがあります。南の大きな茶色い犬のいつおうちは緑が多くてかくれんぼに最適です。お花がたくさん咲いていていつも良い香りがしています。西のおうちは柿の木がたくさんあって木登りに最適です。いつも朝焼けの景色を楽しむことができます。北のおうちが一番楽しいところでした。綺麗なおうちの中にもいれてくれ、遊び相手もたくさんいました。ただ、すでに他の猫が何匹もねぐらにしていたので、長いこといることができませんでした。

ごはんを食べにタバコさんの家に帰っていました。雨の日は、タバコさんの家の土臭い土蔵とひんやりした石倉の中で虫をおいかけて遊んでいました。ただ、白い格子のおうちの中でタオルケットの上でゴロンゴロンと寝ていても少し寂しく肌寒い日もありました。

何度か病院というところにも連れていかれました。首の後ろに何か塗られたり、何度かちくっと針を刺されたりしました。少し緊張したけれど、何ということもありません。身体が痒くなくなったり、噛まれた体の傷の痛みが引き、熱さも引くので、変な匂いはするけれど、私にとって良いところなのだと思います。

私がタバコさん家族の住まいに入れてもらったのは、病院でぼうっとする薬を打たれた日からのことです。寝ている間に何があったのか、その日からしばらくお腹に緑の紐が生えました。いつのまに眠ってしまっていたのか、ふらふらしながら目を覚ましてお腹が空いたなあと思った時には、たばこさんとそのいい歳した娘さんが迎えにきてくれました。

その日から、白い格子の入れ物は玄関口にしばらく置かれていましたが、夜にこっそりタバコさんが迎えにきて一緒に寝ているうちに、いつの間にかいい歳した娘さんの布団でも寝るようになり、白い入れ物はなくなって、トイレも屋根付きの大きなものに変わりました。

それでも、ずっとこの家で暮らして行くと決めたわけではありませんでした。タバコさんが玄関扉を開けっぱなしにした隙に外に飛び出して、道路を渡って東の田んぼを覗きに行き、お隣の西と南と北のおうちの庭にもたまに出かけていたのです。でも、いつの間にかそんな外への興味は薄れてしまいました。最初は怖かったタイヤのついた黒い箱・・・車というもので遠出するのにも慣れると、家の周りに目新しさを感じなくなってしまったのかもしれません。網戸になったベランダや出窓で寝そべって外を眺めていたら、それで満足するようになりました。

お外に出ても足は汚れるし痒くなるし、家に戻ればぬるいお湯をかけられて毎回洗われてしまいます。何より扉が閉まっていたら、また外暮らしに戻ってもう家にいれてもらえないかと思うと怖くなりました。安全な家の中にいれば、雷も大雨も目を閉じて寝ているうちに過ぎていきます。

いい歳した娘さんがかまってくれなくても、新聞ひとつ敷いてあれば何事もことは足りるのです。

「今度はドイツで豪雨だってよ」

いい歳した娘さんが新聞を持って話しかけると、いつもタブレット持ったお母さんが顔をあげないままに、あらそうと言います。

「オリンピックどうなるんだろうね」

いい歳した娘さんがタブレット母さんにまた話しかけると、

「ここまできたら、できることをできるだけでやるんでしょう」

とタブレット母さんが言いました。あとは相撲取りの星取表がどうとか、オリンピックよりいい歳した娘さんの関心は郷土力士の活躍度合いにあるようです。

「この暗い世の中に・・・」

いい歳した娘さんは、呪文のように毎日繰り返しその言葉を言います。話が長くて、広げられた新聞に私が飛び乗ると「まだ読んでるのに」とやはり毎回同じ繰り言をします。でも、娘さんが何かぶつぶつ話を続けていても、パソコンで何かしていても、この新聞一つあればどうにかなるのです。

そのまま新聞の上でゴロゴロして、床に移動させられてまた新聞の上に寝かされてブラッシングされて、ご飯茶碗の下に敷かれた新聞をガサゴソと持ち上げてご飯の上にかぶせれば持て余した気持ちもすっきりとします。

夜中に一匹。誰も起きてくれない夜に茶碗の下の新聞をひたすらシャッシャッと茶碗の上に重ねます。もうすっかり茶碗が新聞に隠れても満足するまでやり続けます。

私が引き裂いている記事の言葉がどんなものか、私は猫なので知る由もありません。

”都内感染3日連続1000人超”

この家の中にいればもう、外はただ眺めているだけのものなのです。

シャッシャッシャッ。

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