僕✖️初手術
皆さんこんにちは!そしてお久しぶりです。
ipadを購入し、noteのメール認証が永遠にわからず、なかなか投稿出来ずにいましたが、得た知識などをアウトプットする場として活用していきたいと思います。
てことで、つい2週間前、右手首を骨折・脱臼しました(唐突)😆
怪我をした時間も時間なだけに近くの病院で専門ではない先生にレントゲン写真だけでみてもらったところ特に何もないという診断だったのですが、あまりの激痛にその夜は寝れず、次の日にせめて鎮痛剤をもらおうと近くの整形外科を受信したところ、今すぐ「CTを受けて!」から気づけば、「うん、明日、すぐに入院して手術だね」からの入院・手術(この間1日もなく)
親や監督、チームメイトに連絡をしたり、入院の準備をしたりとバタバタにバタバタが続き、即手術をし、初めてのギプスで慣れない中、あまり痛みが引かないまま私生活を送り、気づけば1週間が経過していました。
その間、この4年間、がむしゃらに頑張ってきたハンドボールについて一切考えることのない日々が過ぎていきました。
僕は、高校では、ハンドボール部に所属こそしていませんでしたが、社会人チームの週一回の練習には、参加しており、その週一回の練習で今週はこんなプレーをしてみようとか、身体を大きくしたいからしっかり食べないとということで、週一回ではありましたが、私生活はハンドボール中心に回っていたような気がします。
というよりも、僕のように曲がりなりにも、大学のトップレベルで競技を続けているアスリートにとっては、その競技への意欲が高くても低くても、ある程度私生活というのは、その競技を中心に回っているのではないかと思います。
少し、話がそれましたが、つまり何を言いたいかというと、僕は、今回の手術を通して、少し早く、引退というものを実感したということです。
遅かれ早かれ、手術をしていなくとも僕が学生としてハンドボールをプレーできるのもあと最長で半年程度あり、同期とは、引退後は〜なんて話もたまに行うのですが、手術をし、本当に1週間ハンドボールというものから完全に離れて私生活を送ることでより、引退後の生活が明確になったと思います。
そこで僕が考えたのは、「あ〜引退したら毎日、暇やなぁ」とかではなく、自分が、自分達の代が引退した後のチームに対して、僕自身は、僕たちの代はチームに対して何かいい伝統や文化を残していくことができるんだろうかということでした。
中京大学男子ハンドボール部は、主に最上級生が監督のような役割を担い、自分たちで、チームを運営していくことが基本なだけに、やはり、毎年・毎年のスタイルが少しづつ違ったチームでもあります。
今年のチームは、僕含む4年生の人数が少ない中で、40人と3人の学生スタッフが所属する中、コロナ禍での練習ということで、様々な制約を考慮しながら、工夫をして練習を行ったり、SNSを用いたチームの広報や、様々な企業の方と提携していくなど例年の中京とは少し変わった動きなどもしています。
SNSや企業の方との提携に関しても僕が自分でやっていることが多く(人に頼るというのが少し苦手)頼むくらいなら自分でやってしまう性格なのですが、僕がいなくなった後にSNSを動かせる、企業の方と中心となって話を進めていけるような部員を増やしていかなければなとも思いました。
また、僕がこのチームで行なっている分析も僕がいなくなった後の後継者も育成して行かなければなと考えています。
長文あるあるのながながと書いているうちに、文章がわからなくなってくるあるあるが絶賛発動中ですが、今回の手術を通して、このチームで自分が活動する意味というものをもう一度深く考えるようになったように思います。
手術後の時間、「もう、長期離脱になるならやめようかな」や「もう一回手術になるくらいならやめよう」とまで考えていましたが、このような状態でも僕自身はまだまだやれることがあると思うので、この状況で出来うることを最大限やり切ろうと思います。
選手として復帰するかは、また、ゆっくり考えていこうと思います。。。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?