行動経済と公共政策③ ~行動経済学の3つの変数~
1.行動経済学の3つの変数
標準的経済学が考慮に入れてこなかったけれど、行動経済学が焦点をあてたものとして、以下の3つの変数があります。
・意思決定時のコンテクスト
選択肢自体は同じ又はほぼ同じなのに、文脈が変わるだけで意思決定が変わり得る。
・エクスポージャー(特定の状況や出来事にさらされること)
意思決定に先行して意思決定者がさらされた状況や出来事が「意思決定者にとって何が重要か」に影響を与え得る。
・意思決定者のアイデンティティを変える経験
意思決定に先行して発生した状況が、意思決定者に根付く選好を変え得る。(前2つと視座が異なるので機会をみて後日紹介したいと思います。)
2.ナッジ
いわゆる「ナッジ」はこのうち一番初めの意思決定時のコンテクストを変えることにより、目標の達成を目指すものです。
既にナッジを公共政策に取り入れようという国や地方公共団体の動きがあり、いくつか関連ページを紹介します。
〇環境省:日本版ナッジ:ユニット(BEST)について
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge.html
※ナッジの説明や、日本版ナッジ・ユニット(BEST)の取組に対する指摘と評価等々、色々な情報がまとめられていて参考になります。
〇経済産業省:経済産業政策におけるナッジ(Nudge)の活用促進について
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/renrakukai14/mat_02-1-3.pdf
〇厚生労働省:受診率向上施策ハンドブック 明日から使えるナッジ理論
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000506624.pdf
この他にもナッジについてはネット上に大量の情報があるので説明は省きます。
3.エクスポージャー
次にエクスポージャーについてです。
意思決定に先行して意思決定者がさらされた状況や出来事が「意思決定者にとって何が重要か」に影響を与え、結果、意思決定についても影響を与えます。具体例を見ていきましょう。
・金融市場への参加と紛争に対する態度に関する実験
この実験はイスラエルを舞台に、2015年の選挙の前に行われたものです。
実験に参加した有権者は、金融資産投資用に$50か$100ドルを渡され、7週間の間、毎週少なくとも10%を取引することとなりました(イスラエルの金融資産かパレスチナの金融資産に投資)。
この金融市場へのエクスポージャーは、
・パレスチナとの和平交渉に懐疑的な政党(右翼)に投票する確率の減少(4~5%減少:「2015 Elections」の図における「Right」の黒とオレンジの棒の差)
・和平交渉の再開を支持する政党(左翼)に投票する確率の上昇(4-6%上昇:「2015 Elections」の図における「Left」の黒とオレンジの棒の差)
をもたらしました。
*補足*
この実験はランダム化比較という手法で行われており、ランダムに実験参加者を割り当てた介入群(Treatment Group: 介入の対象者として金融資産への投資を行うこととなった人たち。オレンジ色)と対象群(Control Group: 介入の対象外となった人たち。黒色)との間で統計的に有意な差が出た場合には、その差は介入により生まれたと高確率で考えられます。
ランダム化比較の概要については、以下のページがわかりやすいと思います。なお、ここで紹介する実験は基本的にランダム化比較です。
参考リンク:2019年ノーベル経済学賞から考える「ランダム化比較試験(RCT)」について:環境政策を「検証」できる?
実験においてはパレスチナとの和平譲歩に関する様々な質問も行われ、そこでは、
・和平譲歩への反対の減少
という効果が見られました。
これらの結果について、金融市場に参加することにより、
・イスラエルの安全保障よりも経済をより重視するようになる
・現状維持よりも、和平協定がもたらすイスラエル経済へのメリットに対する認識が高まる
という変化が起こり、それが投票行動の変容をもたらしたと分析されています。
4.商業は破壊的な偏見を癒す?
“Commerce is a cure for the most destructive prejudices; it is almost a general rule that wherever the ways of man are gentle, there is commerce; and wherever there is commence, there the ways of men are gentle.”
Montesquieu 1748
「商業は破壊的な偏見を癒す」というモンテスキューの格言があるのですが、3世紀近く経ってそれが数字で証明されたと言えるかもしれません。
投資のためのお金を人々に付与することにより、根深い国家・民族間の対立すら解決し得るかもしれない。
何だか妙な響きですが、実験結果に基づけばそういうことになります。
行動経済学の可能性を感じますね。
授業で教授がこの実験結果の示唆について熱く語っていたのを思い出します。
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