きっかけ
今日も朝からどんよりしている。この時期のイタリアは、いつもこんな感じで、雨が降るたびに少しずつ気温が下がっていく。衣替えには少し早いけど、クローゼットの奥の方から、長袖を引っ張り出した。
思えば、こんなに長く、イタリアにいるつもりなんて、毛頭なかった。
ほんのちょっと、イタリア生活を楽しんだら、日本に帰って、再び、日本での人生を歩むつもりで、7ヶ月という期間のビザを取得した。
「延長できるビザにしておきましたから。」
パスポートを取りに行った時、イタリア大使館の人が、優しく、そう言ってくれた。
「あ、ありがとうございます。」
そうは言ったものの、その頃の私は、何も考えてはいなかった。
それまでずっと、忙しく仕事をしていた。建築の設計という仕事は、常に忙しい。頭の中は、いつもグルグルと新しい計画が渦巻いていて、寝る時に目を閉じても、カチカチとCADの映像が瞼の裏に焼きついていたりした。
忙しい仕事ではあったけど、それでも、やっぱり、好きな仕事だった。
ただ、大きな建設会社より小さな設計事務所に行きたいと、常々思っていて、ある日勇気を振り絞って、言ってみた。
「あの、会社辞めます。」
私は、みんなをビックリさせてしまったようだった。
「何か、問題があるの???」
問題なんて、何もなかった。今、考えてみても、申し訳ないくらい、いい会社だった。入社して5年くらい、新入社員が入らず、私はずっと下っ端だったけど、本当に良くしてもらって、「問題がある…」なんて言葉は、私をどう振ったって、出てこない言葉だった。
「あの…イタリアに行きます!」
その時、ポロリと私の口から出た言葉。それがまさか、本当になるとは。
「嘘から出た誠」
冗談で言ったことが、偶然にも真実になること。
2001年8月の終わり。私はイタリアに飛び立った。
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