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トスカーナ・オリーブの夢 9

「あそこを買おうかと思ってるんだけど…」
心の友がそう言った時、私はまだ、それが決意の言葉だとは、信じていなかった。

「もちろん、11ヘクタールの土地が分割販売出来たら…の話なんだけれどね。」


コロナという経済不況の最中、ローンを組むのも容易くはない。
採算がつくのかどうかは、心の友の懐事情にもよるけれど、
2件分のアパートを観光客に貸すことと3ヘクタールの土地を私が借りることとで、
何とかなる…と踏んだらしかった。
海に近い田舎とあって、夏場のこの地域は、ドイツやフランス辺りからの観光客が絶えない。
それなりに改装すれば、観光客へのアパート貸しは、なんとかなるだろう。

がしかし、3ヘクタール分の土地を借りるって、一体、いくらになるんだ???

目の前に転がってきたチャンスを前に、急に慄く自分がいる。
上手くいくかどうかわからない上、右も左も分からない。
そんなんで、本当に出来るのか???という不安な気持ちが顔を出す。

「いやぁ、どうなんだろうね…」

私が口にしたのは、ひどく消極的なものだった。

それから数日して、
不動産屋のステファノから、どうやら分割販売が出来るらしい連絡を受けた心の友は、
いよいよ本格的に、その土地の購入に向けて動き出した。

心の友が、あの土地を購入するということは、
すなわち、
私は念願のオリーブオイルを手掛けることができる…ということ。

夢うつつ…というよりかは、ドギマギという方が、
その時の自分の心境にはピッタリくる言葉だ。
一体、何をすれば良いのだろうか、皆目検討がつかない。

不思議な感覚の中で、運命の流れに流されている自分を感じていた。

時は、4月。
イタリアのトスカーナは、相変わらずロックダウン中で、
心の友は、ローン手続きに対する銀行からの回答待ちをしている。

2年ほど手をつけていなかった、その土地のオリーブたちは、
今年も剪定されずに、ただただ、そこにいる。
昨年、収穫されていなかったオリーブの実が、ゆらゆらと風に吹かれて、揺れていた。

私の気持ちもまた、不安と期待との間で、
ゆらゆらと彷徨っていたのであった。


続く

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