バケツプリンの喫茶店で

もう今年もあと少し。

どうしても今年中に書いておきたいことがあって、noteを開いています。

そう、祖母のこと。今、祖母の写真がたくさん並んだ居間で書いていて、なんだかちょっとドキドキしています。

昨日書いた、お別れの会について。

今日、母から聞いたのですが、お別れの会に参加した方から、とっても心に残った会だったと連絡をもらったそうです。「歌を歌って、その後に拍手が起きたじゃん。お別れの会で拍手が起こるって初めてで、会場のみんなの気持ちがそのまま出てる自由な感じで良かった」と。

嬉しいですね〜。お別れの会が誰かの心に残っているって。

そして、お別れの会の後も、祖母からのプレゼントは続きました。

それは、母からの言葉でした。

5年前だったか、わたしは、父から母に宛てた手紙を預かっていました。手紙には、父の人生のことと母への愛、そして母へのお詫びが書かれていました。

でも、手紙を手にした当初は、色々な思いが入り混じって、母に渡せなかったんです。

祖母が亡くなって、実家に帰ることにした時、この手紙を今渡たしたい!と思いました。鞄にそっとしまって持っていたものの、なかなか渡せず、東京に戻る日を迎えました。

戻る日。駅まで母に車で送ってもらいました。

駅までの途中、祖母と出かけた話になり、そういえば、小さい頃、この辺りにあるバケツプリンを出す喫茶店に行って、みんなでバケツプリンを食べたね〜と話していました。

とある喫茶店の名物で、バケツで作ったようなお皿にドーンと盛られた大きなプリン。その周りにアイス。もうお菓子の国から運ばれてきたような、味覚の「甘」だけが忙しい食べ物です。

それを、祖母と母と妹とわたしの4人で食べに行ったことがあったんです。

最初はキャハキャハ言いながら、食べたものの、あまりの大きさに、最後はなかなか箸(この場合はスプーン)が進まず、グダグダしながら食べました。

その喫茶店がどこにあるかはっきり覚えていなかったのですが、たまたま信号で止まった交差点から、なんだか見覚えのあるお店が…!

その、バケツプリンを出してたあの喫茶店ではないですか。

「!!!」

あれじゃない?!と母と大興奮。あの時以来、寄ることにしました。

喫茶店で、コーヒーをいただき(プリンは流石にやめました。ちなみに、あとあと調べてみるとプリンの高さは10センチほどでした)、雑談した後、母に「あのね、ちょっと渡したいものがあってね…」と口火を切りました。

父からずっと前にもらった手紙が今ここにあること。ずっと渡そうか迷っていたけど、祖母への思いも書いてあるから読んでほしいこと。

母は、手紙を受け取りながら言いました。

「もし、この手紙をずっと前に渡されたら受け取っていたかわからない。でも今は読んでみようと思ってるよ」と。

そして、手紙を机に置いて「今渡してくれてありがとう。あなたは人と人をつなぐ人だね」と。

わたしは、今、人と人をつなぐため、イベントや交流会をやっています。仕事で「素敵なつながりをありがとう」とか「素敵なご縁をありがとう」と言っていただくことがあるのですが、仕事とは別のところで言ってもらえて、そして母と父をつなげられた気がして、本当に嬉しかったです。

手紙を渡す勇気をくれて、ありがとう!

この2ヶ月、祖母はすっごく寂しい思いと一緒に、たくさんの素晴らしい時間や希望をくれました。

そんな中、祖母から1番強く教えてもらったことは「生きたように死ぬ」ということ。祖母がみんなを愛して、みんなから愛されたから、お別れの会がそうなったんだってこと。

自分がどんな風に死にたいか、自分で決めて、そう生きればいいだけ。ただそれだけなんだって心からそう思いました。

人生で大切なことをお別れの時も教えてくれた祖母。

わたしはあなたの孫に生まれて幸せです。

本当に本当にありがとうございました。

きっと近くにいてくれるような気がしてるし、またいつか会った時に、くだらない話をして笑い合おうね!

いつも、いつまでも、愛しています。ありがとう!

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